たくさんのお月さま 縦方向にリフォーム

 

あるひのこと。

海べの王国にすむ 小さなレノアひめは、木いちごのタルトをたべすぎて病気になってしまいました。

元気のないレノアひめに 父君の王さまが「なにか ほしいものはあるかい?」とたずねます。

すると レノアひめは こたえました。

「お月さまをもらったら、きっと げんきになるとおもうの」

さあ、たいへん!  王さまは、なんとかして月を手にいれようとするのですが…。

 

たくさんのお月さま』は、とても魅力的なおとぎ話です。

作者は、知る人ぞ知る諷刺作家のジェームズ・サーバー。一筋縄ではいきません。

かわいらしく優しい物語のなかに、ちくりちくりと皮肉な笑いがこめられています。

それでもやはり結末は、しあわせ。満足の吐息とともに、まあるく穏やかにとじる本です。

 

絵をかいたのは、ルイス・スロボドキン。

『百まいのきもの』や『てぶくろがいっぱい』などで多くの絵本ファンの心をつかむ画家ですが、『たくさんのお月さま』は彼のごく初期の作品であり、この本でコールデコット賞を受賞したからこそ、絵本作家になったともいえるでしょう。

出版されたのは1943年。日本がアメリカと戦争中のことでした。

 

わたしがこの絵本を翻訳したのは1994年。

徳間書店が児童書の刊行をはじめたときの目玉のひとつでもありました。

 

いろんな意味で大切な一冊ですが、現在、絵本から読み物の判型につくり直して再出版する作業が進行中です。

 

えーっと…。

写真で説明したほうが早いですね。

 

もとの絵本は英語なので、もちろん文字は横書きです。

これが原書。英文がミチッとつまっています。

 

1994年の翻訳では、つとめて忠実なかたちで、日本語をあてはめました。横書きで。

重箱の隅々までミチッっとね…。

 

翻訳者としては、このギリギリスペースに忠実な訳文をつめこむ任務を完遂した職人的満足感はあります。

でもやっぱり、窮屈ですよね…。

読書メーターなどをみると「絵本にしては大迫力の文字量」「文字ちっちゃい」などというレビューも散見します。 (^_^;)

 

なので今回、思い切って、こんなふうにしちゃおうかと…。

 

ね、読みやすいでしょう〜! 

文字が多くなると、日本語はやはり縦書きのほうがすんなり頭に入ってくるようです。

ほにゃらら〜と、肩の力がぬけますよね。

 

ん、だけど、こんなにスカスカなのは、文章を短くしたんだろうって?

いえいえ、文章は、ほとんど変えていません。

本のページ数を大幅に増やすことで、1ページあたりの広々感を実現しました。

 

だけど、絵が小さくなるのは、けしからんって?

でもでも、そのぶん、文字をゆったりと配置し、これまで以上に文と絵の内容がどんぴしゃ合うように改善しております。

まずは、お手にとってお読みくだされば、私どもの工夫にご納得いただけることかと…。

 

まあ、正直なところ、横のものを縦にすると、失うものもあります。

そのデメリットをいかに緩和するかも、職人技です。

 

↓その作業中の小島範子編集者 @徳間書店編集部。

横でわたしが ヤイノヤイノと注文をつけると、職人小島がPCを操って、文字の大きさをかえたり、絵をずらしたり、拡大縮小したり、句読点を調整したりと、数々の技をくりだして処理してくれます。

 

 

そのつど、プリントアウトして糊で貼りつけ、本のかたちにしたものを、ページをめくり、何度も読んで検討します。

 

 

目的は、ただひとつ。

レノアひめと同じ年頃の子どもたちが、はじめてひとりで読む ちょっと長めの物語として、読みやすく楽しい本にしあげることです。

 

順調に進んでいます。

 

読書感想文コンクールの表彰式

 

読書感想文全国コンクールの表彰式にいってきました。

がっこうだって どきどきしてる』の感想を書いてくれた子たちが表彰されたからです。

 

今回は、皇太子さまとともに雅子さまが17年ぶりに出席され、ことさら晴れがましい式典となりました。

そのぶん警備や報道陣も増え、物々しい雰囲気でもあります。

 

著者の席は前のほうに設けられているのですが、あらかじめ、じぶんの著書の感想文だけは読ませてもらっているので、子どもたちが入場してくると、どの子が「じぶんの」子かしらと、著者は各自いそがしく目を走らせます。

そしてその子の名前がよばれると、一挙手一投足をみつめ、うなずき、ほほえんでしまう。

壇上で賞状を授与する大人たちさえ緊張する厳かさのなか、ひとりずつ名前をよばれて賞状を受けとる子どもたちの凛々しいこと…。

 

わたしの左隣は宇野和美さん。右隣は、まはら三桃さん。

かわりばんこに目顔でかわした会話は…

 

 「(あなたの子)、かわいいわねえ」

 「(あなたの子)、おじぎが綺麗ね」

 「(あなたの子)、なんて利発そう」

 

著者席はほとんど模擬保護者席へと変じ、ほめあいの応酬となったのでありました…。

 

式が滞りなくすむと、ホールに移動して記念パーティです。

うってかわってにぎやかに談笑する黒山の人だかりをかきわけて、著者と編集者、出版社のスタッフたちは「うちの子」を探しだし、サイン本をわたしたり、いっしょに写真をとったりします。

ご両親や先生方ともお話ができるので、子どもの読書を応援してくださる方達にとても励まされるひとときです。

 

  

 

緊張からときはなたれた子どもたちのかわいらしいこと。

Aちゃん、プチケーキをずいぶんたくさん食べてたよねえ…。(^o^)

おいしく楽しい記憶が、このさきいつまでも本を読む喜びとつながりますように。

 

 

 

ついでに課題図書つながりで、ちょっといい話をひとつ。

 

昨年の11月のこと。

地下鉄銀座線の車内で、小学校三年生くらいにみえる制服姿の男の子が、むちゅうで本に読みふけっていました。

もちろん、わたしは隣にすわり、しっかり観察。

 

低学年で読むにはかなり長めの翻訳児童文学『ぼくとベルさん・友だちは発明王』です。

夏休みの高学年向け課題図書だった児童書で、電話を発明したベルとディスレクシアの少年との交流をえがいた歴史フィクションのラスト10ページほどを、その少年はとても集中して読んでいました。

 

…と、そのうち鼻をスピスピさせて、本を読みながら、左手でハナクソをほじりはじめたではありませんか。

おお、巨大なハナクソが取れました!

 

はじめて本から目を離し、ハナクソをまじまじとみつめる少年。

そのハナクソどうするつもりだい、区立図書館の本にくっつけないでよねと慌てるわたし。

しかし少年は、それを左手の指でつまんだまま、ひじで本を押さえ、右手でページをめぐり、またひたすら読み続けたのであります…。

だからわたしは、ポケットティッシュを「どうぞ」と さしだしました。

 

少年はキョトンとした顔でわたしをみあげ、「ありがとうございます」と礼儀正しくいうと、ティッシュを二枚抜き取り、それまでがまんしていたのか盛大に鼻をかんでから、ポケットにねじ込みました。

そのころには、目はまた本に吸い寄せられています。

 

そしてそのまま最後のページまで読み終え、あとがきと著者紹介はパスして、また最初のページにもどり、ところどころ、たしかめるように再読しはじめたのです。

もはやティッシュのおばさんのことは些かも眼中になく、わたしが電車をおりるときにも、まったく目をあげませんでした…。

 

ね。

いい話でしょ。

訳者の櫛田理絵さんと、PHP出版の編集者さんに会えたらお伝えしようと思っていたのに、あまりの人の多さに叶いませんでした。

かわりにここに書いておきます。

 

コヨセさんのお出まし

 

七冊目の「おたすけこびと」は、船のおはなし

その筋書きや情景を文章でまとめた「シナリオ」が、コヨセさんの手にわたりました。

 

それまでの数か月間は、わたしと担当編集者の上村令さん (& その背後の編集部全員) とのやりとりです。

 

コヨセさんは「ボクだけが蚊帳の外。雲の上の方々が御前会議で決めたものが、勅命としてボクのところに下りてくる」なんて言ってますが、そうではなくて、コヨセさんの絵に値する物語となるまでの準備を入念に行うのであります。

 

じじつ、編集部チェックを突破できなかったシナリオ屍は山ほど…(;o;) 

ようやくコヨセさんのご登場までこぎつけると、わたしは、ほ〜っと一息。

踊りだしたいほど嬉しい。

 

だって、あとは高みの見物。

月イチペースで開かれる 定例「おたすけこびと会議」で、コヨセさんにダメ出しを、いや、叱咤激励のムチを、いえ、夢を託して にこやかに見守っていくだけですから。

 

ということで徳間書店オフィスでの、記念すべき 第1回 おたすけ会議。

コヨセさんが早くも表紙のイメージラフを描いてきてくれました。

いっきに夢が膨らみます。

 

みんなで熱く語り合う願望を、次々と絵にして見せてくれるコヨセさん。

コビト、かわゆし。

 

 

おたすけこびと担当の編集者は、上村令さんのほかにもうひとり、田代翠さんがいますが、あいにくこの日はご家庭にインフル勃発で欠席でした。

かわりに編集部期待の新人、TKさんが参加してくれました。 

 

編集者TKは 当業界に珍しく理系頭脳を有する青年なので、発する言葉が一味ちがいます。

「エンジンルーム」だの「内部構造」だの「開口部の大きさ」だの「浮力」だの…。 

 

ぐっと身をのりだすコヨセさん。

反対に、すっと身を引く 上村さんと わたし。

このときわたしの脳内では、初期段階で上村さんとかわした恐るべき会話が再生されておりました…。

 

 (以下、回想)

 

 「船なら、コビト達に、ほら、あのカラカラ回るのを操縦させたいよね」

 「ああ、あれね、えーっと、舵輪?」

 「それそれ」

 「だけど、あれって、木造帆船で使うんじゃない? 」

 「え、そうなの? まあ、たしかに今の船の運転席はボタンポチポチだけかも」

   「おたすけこびとワールドはもう帆船の時代じゃないよね」

   「だよね。ところで、鉄の船ってなんで動くのよ?」

 「ん? 蒸気? 石炭? いや、石油か? どうやって動いてるんだろうねえ」

 

……σ(^_^;)

 

重機キッズのキラキラ視線を裏切らない本にするべく、いろんな人の力を借りなくちゃと、冷や汗をにじませた わたくしでありました。

 

 

ひみつのビクビク

 

新年最初のアトリエ打ち合わせは、ほそえさちよさんと。

去年の今頃も、ほそえさんと『いっしょに おいでよ』の打ち合わせをしていましたっけ。

アトリエの寒さをご存じで、万全の厚着でお越しになりました。

 

まずは熱い珈琲と、おみやげにいただいた美味しいシュークリーム。

話がはずみます。

なにしろ、ほそえさんは編集者としての初仕事にバーバラ・クーニーの『ルピナスさん』を翻訳出版した方なので、古今東西の絵本談義が楽しくてとまりません…。

 

…が。

ちゃんと軌道修正して、"ME and MY FEAR" の打ち合わせを行いました。

 

FEARとは、不安や恐怖心のこと。

でもこの本のFEARは、主人公の女の子の、ひみつの友だちの名前です。

白くてほわんとしたオバケちゃんなので、日本語名を「ビクビク」と命名しました。

 

ビクビクは、いつもそばにいて、女の子が新しい経験や冒険をするときに、そっと注意を促してくれます。

いわば危険予知シグナル。

たとえば、「それ以上、身を乗りだしたらおっこちちゃうよ」と女の子 にストップをかけるビクビク。↓

 

 

こわい、あぶない、と感じれば慎重になるので、ほんとうに危険な目にはあわずにすむ。

大切な相棒ですよね。

だから女の子は、ビクビクを大切にしていました。

じぶんがこわがりであることは、ひとに知られたくないので、ビクビクの存在を ひみつにしていましたけれど。

 

ところが、なんらかの事情で、女の子は異国へひっこします。

するとビクビクが、きゅうに大きくなってしまったのです。

むくむくとふくれあがる不安や恐怖心を絵に描くと、なるほど、こうなるのね…。

 

 

ビクビクは次第に巨大になり、女の子の行動を制限していきます。

夜には、ビクビクの寝言がうるさくて眠れないのですって…。

 

 

言葉や習慣のちがう異国での生活は、ストレスがいっぱい。

まして親の都合で異国につれてこられた子どもたちにとっては。

その意味からは、やはり『ジャーニー 国境をこえて』(きじとら出版)の続きの物語であるといえます。

 

とはいえ、増大するビクビクに悩む体験は、だれにでもありますよね。

ぼんやり読んでいると、女の子がひっこした先が異国であることに気がつかないかもしれません。

べつに異国でなくたって、新しいクラスや学校、職場、ちょっとした人間関係の変化。

どこにでも、だれにでも起こりうることですもん。

 

じつをいえば、そんな読み方も、大歓迎。

絵本は、ぼんやり読んでいいのです。

寝ころがって、鼻歌まじりに、心のおやつに。

気に入ったところだけをつまみ食いするように、まずは、じぶんに引き寄せて共感してくだされば、けっこう。

 

するとそのうち、ふとした拍子に気づいていただけるかもしれない。

異国でくらす人たちのきもちにも。

絵本の効き目は、のんびりじんわりの長期計画ですから。

 

きのうは成人の日でしたね。

NHKニュースでは、新宿区の新成人の、なんと半数近くが外国籍の若者であると報じられていました。

色とりどりの民族衣装をきた肌の色もさまざまな若者達の笑顔が心に残っています。

 

 

さて。

冬の陽も傾いてきたころ、熱く芳しい加賀棒茶と、石焼き芋。

密度の濃い打ち合わせ三時間ぶん、ストーブの上でじっくり焼きました。

あま〜くて、おいしかったですよ〜。(^o^)

 

 

 

ノロウェイの初校

 

「ノロウェイの黒牛」の初校がでました。

左端は、一足先に出版されたばかりの むかしばなしシリーズ「金の鳥」。

二冊がならぶと思うと、じつに楽しみ。うっとりします。

 

さて、この初校を吟味しています。

本番で使う紙に、本番で使うインキで印刷をして 内容を確認する作業です。

製本はされておらず、切って折っただけ。パラパラです。

 

絵描きのさとうゆうすけさんと、編集の鈴木加奈子さんは、原画とつきあわせて色の出方を微調整中。

この灰色はもう少し黄味をおさえて青味を足してほしいとか、全体に墨(黒)を強めにとか、この1 ミリの突起はデータで消しましょうとか…。おもに細部の確認。

 

わたしも、本をはじめて手にとる読者のきもちになって、何度も読みます。

声をだしてゆっくり読んだり、ささっと流し読みしたり。

いろいろ気づいてしまうので、読点をとったりつけたり、「としより」を「年より」にしてルビをふったり、「王子が」じゃなくて「王子は」にしたり…。おもに細部の確認。

 

ようするに、全員が度の強いメガネをかけて重箱のすみをつつくように校正紙をいじりまわすのです。

まとめた事柄を、デザイナーの中嶋香織さんと印刷所にお願いして修正してもらいます。

いろんな方の手を煩わせるので、修正する意味があるか否かを真剣に悩まなくてはなりません。修正してもらったけど、やっぱモトに戻して〜は、礼儀に反すると思う。

 

そういえば。

あるとき、文学館の陳列ケースに、とある有名作家&翻訳家の完成本が展示されていました。

大先生みずからの手で赤エンピツの修正指示がごっちゃり書きこまれています…。

もう出版され、お店に並んだ本なのに、ですよ。

「これ直しといてね」と、その本をわたされて青ざめたであろう編集者や職人のみなさんの顔が浮かびました。(とうぜん、活版印刷だったよね…泣)

 

展示キャプションには「妥協をせずに、本が出版され、版を重ねてからも推敲を怠らなかった」と褒めてありましたが、わたくしは、チッ、それって往生際が悪いだけ、いえ、プロなら潔く諦めろよ、いえ、プロなら入稿前に最大限の努力をしなくちゃねと思いましたわ。

以後、自戒としておりまする。(-_-)

 

 

とまあ、そんなわけで。

昨晩も11時頃まで、鈴木加奈子編集者とLINEの無料通話で2時間打ち合わせをしました。(ありがとう、LINE)

働き方改革的には疑問があるかもしれませんが、個人的には問題皆無。

 

…と思ったら、ひとつ問題が。。

本来、夜の10時には猫のハンジと遊ばなくてはなりません。

でもなにしろ、プロとして最大限の努力をしなくてはなりませんからね。

そしたら、通常はこんなにかわいいハンジくんが…

 

 

こんなコワイ顔でにらんでいました…。。

 

 

(おなじ猫です、念のため)

 

さあ、しごとだ!

 

大晦日の仕事納めは、「おたすけこびと」の7冊目のお話を考えることでした。

年があらたまり、本日、1月2日の仕事始めも、その続き。

既刊6冊の冒頭を確認しようと並べたら、上記写真になってしまいました。

 

べつに他意はないのよ、ホントホント (^。^)

お正月休み満喫中の皆さまには、一部ご不快な表現があったかと存じますが、ご容赦くださいましね。

「きょうは おやすみ。おねぼう しよう」もあるので、そこだけごらんください。

 

 

おたすけ7のテーマは「ふね」です。

なぜかといえば、コヨセさんが「船を描きたい」と言うから…。

 

安易すぎる執筆動機のようですが、そもそも「おたすけこびと」は、重機に並々ならぬ愛着をいだく息子(幼児期)の世界と わたしの世界をつなごうとして考えたお話です。

 

ところが息子は、わたしの絵では納得しませんでした。

コヨセさんが描いた絵なら、それがまだとても簡略な下絵であっても大喜びしたのです。

(かる〜く傷つき、以後、わたしはいろんな状況で簡単に絵筆を折ることになる……というのは、ただの言い訳)

 

コヨセさんの絵による「おたすけこびと」は出版されてすぐにアメリカでも好評を博し、「文章はただのレシピだが、絵は重機好きの子どもの心をがっちりとつかむ」みたいな評価を得ました。(フーン……。)

 

それから12年。

おたすけこびとは、いろんな国の重機キッズの心にもぐりこんでくれました。

わたしとは違う心の組成をもつ、たくさんの愛しい子どもたち。

すべてはみな、コヨセさんが橋渡しをしてくれたから。

…てことはつまり、コヨセさんの心の組成は、かぎりなく幼児期の息子とその同類に近いのではないか!?

 

 

ということで。

コヨセさんが「船を描きたい」と言うので、おたすけこびとたちを船にのせるお話を考えています。

 

さあて、うまくまとまりますか……。

 

 

チーム・ハンカチ

 

ここは、外苑前にあるデザインスタジオ。

装丁家の鈴木千佳子さんとの打ち合わせです。

デザイナーさんのオフィスって、そこかしこに置いてある小物のひとつひとつもお洒落。

なにかにつけて、かっこいいので、きょろきょろしてしまいます。

 

鈴木千佳子さんとは初対面。

でも、しらずにジャケ買いしていた本の数冊が彼女の作品でした。

 

わたされた名刺をみて、どきん!

だってほら、活版印刷なんですよ。

わたしが生まれて初めて活版印刷体験をして名刺をつくった4日後に、こんな名刺をいただくなんて、やはり運命(一方的な)としか考えられないじゃありませんか。

 

 

そんな小さな幸せをかみしめ、はしゃいで写真を撮りつづける私を尻目に、着々と現実的な相談を進める千佳子さんと山口郁子編集者…。(山口さんは後ろ姿のみ撮影許可)

 

…コホン。

通常、本の制作過程では、本の内容がほぼ揃ってから、デザイナーさんにお仕事を依頼することが多いものです。

ところが今回わたしが物語を書き、絵も描く本は、まだA4のコピー用紙に文章をちらして、その隙間に下絵を描きこんで、あれこれ迷っている段階。

 

 

天使のかいかた』や『めいちゃんの500円玉』のように、絵と文が同等の比率で進んでいく物語にしたいと思っています。

絵本でもなく、児童文学でもない、このジャンルの呼び名は、まだきまっていません。

絵童話と呼ばれたりもしてるかな。文章が縦組みで、長めの幼年童話のような体裁の本。

でも読者対象は幼年よりは年齢が高い。マンガみたいなところもあるしね。

絵をかくことと、物語をつくること。どっちつかずの私には、居心地のよい本の作り方ではあります。

 

でもこれ、けっこう、手間がかかるのですよ。

予算と視覚的効果の都合上、つかえる色は、黒のほかにもう一色。

ページによっては、おまけのもう一色がつかえます。

さまざまな制限のなかで文字と絵をちょこちょこ動かしたり、色をかえたり混ぜたりしているうちに、頭がぐつぐつ煮えて、目がショボショボして、眉間に皺が寄りっぱなし。

(織機の前でトントンパタリ、羽根を抜いては織っているみじめな鶴の姿がちらつく…)

 

パソコンのフォトショップは、どうにか使えるようになりましたが、苦手です。

イラストレーターは、ほとんど使えません。

インデザインは、高価なソフトなので、もってもいません。

 

そんな私の担当編集者山口郁子さんも、ほぼ似たり寄ったりレベル…。

ここはやはり、初期段階からプロのアドバイスを仰ごうと、鈴木千佳子さんのもとへ伺った次第です。

 

この日は、ざっくりとした本のイメージの合意形成。

主人公の女の子 はるちゃんと、副主人公の女の子 ミヨンちゃんのシンボルカラーについて話しあいました。

 

漠然と抱いている願望と不安をブツブツ呟く私と山口さんをみて、にこやかに頷き、具体的なアドバイスをはんなりと与えてくれる千佳子さん。

 

たとえていえば…

 

   私:「海がみえて、温泉もあって、静かで、花がさいてるところに旅行にいきたいんです」

   山口 : 「でも予算と休暇日数はコレコレしかないんです」

   千佳子 :「わかりました。それでしたら、こちらの離島がおすすめです」

   私&山口 : 「え〜、そんなトコあるんですか、なっるほど〜! だったら行けるかも♪」

 

…みたいな面談でございました。

 

はるちゃんとミヨンちゃん。

ふたりの女の子と、ふしぎなハンカチのお話が、ぐぐっと近づいたような。

 

ハンカチのチームに頼もしいアドバイザーを得て、心うきうき帰路につきました。

 

 

活版印刷

 

活版印刷を体験してきました。

 

アルファベットだけで名刺をつくります。

小さな鉛の棒を、ひと文字ひと文字、指先やピンセットで棚からぬきとって、並べて原稿をつくるのです。

 

 

名前用の18ポイント活字はまだよいものの、アドレスにつかった8ポイントの「i 」とか「:」なんてもう爪楊枝を裂いたみたいに細かい…。

今回はアルファベットだけでしたが、平仮名・片仮名・漢字・数字の組み合わせになるとどんなことになっちゃうのやら。

活字と活字のあいだのスペースにも、込め物を入れます。

左右のバランスや行間を考えて、しかも作業中にすべって落ちてこないように隙間なく埋め込まなくてはなりません。

天地をまちがえたり、せっかく並べた活字を倒してしまったりと、あたふたしながら、ようやく3行分の活字を「植字」して作った組み版が、トップの画像です。

達成感とともに記念撮影〜!

 

ところが印刷してみたら、ありゃま、Nakaのひとつめの「a」が上下さかさまでした。。 

おお、これが「誤植」というものなのね!と、とりあえず感激。はい、やりなおし〜。泣

 

本の場合、数行ずつ拾って植字したのちに、1頁ぶんをこのように紐で束ねるのだそうです。

本一冊が数百頁あるとして、いったいどれほどの重量になるのでしょう。

 

昭和の香りただよう印刷機にセットして、ガチャンガチャンと一枚ずつ手押しで印刷。

(案外、腹筋つかいました)

 

 

うむ。この、きりりとした物質感は、たしかに美しい…。ほれぼれ。

 

 

 

…あ。

もちろん、次の新刊が活版印刷ででるわけでは、ありません!

ただの好奇心なのですが、本を出版してもらっている身として、なんとなく心の文鎮のようなものを求めていたような気もします。

 

PCでペチペチ言葉を打って、おうちプリンターでシャアシャア印字して、その紙をポイポイ捨てているのが、わたしの日常です。

でも本来、会ったこともない人びとに届ける文字、わたしの命が絶えてから読んでもらうかもしれない言葉というものは、これだけの重量と労力を必要とするものだったのだということを、ちょっとだけ、じぶんに思いしらせておくために。

 

 

去年、読売新聞で原田勝さんと交替で連載していた本の紹介「空色ブックガイド」でも、活版印刷にまつわる本をとりあげています。

(活字の街をさまよう少女のイラストは丹地陽子さん。掲載許可を伺っていないので半端な見せ方です、ごめんなさい ! )

 

 

 

 

絵本の息づかい

 

『ノロウェイの黒牛』 最終的な編集作業が佳境です。

 

さとうゆうすけさんの絵は とっくに完成し、印刷所でのスキャンも終わっているのですが、なにやかやと小さな描き足しや修正のお願いが入ります。

さとうさんは出張先にも絵筆をもって出かけられたとか…。

 

装丁家の中嶋香織さんが絵と文字の仮レイアウトを行い、編集の鈴木加奈子さんが実寸で印刷してくれたものが届きました。

その紙を貼り合わせて、本を読むように めくっていくと……。

あらまあ、直すべき文章が悲しいくらいビッシバッシと見えてきちゃうんですよー。

(いや、けっこう嬉しいんだ、じつは)

 

なんで今さらと思われるかもしれませんが、絵がじゅうぶんに語っている内容については、文章が不要になるからです。

絵の邪魔になる文章は、すみっこに寄せたり、折りたたんだり、かたづけちゃったり。

また逆に、ところどころ、ツンツンつまんで目立たせたりもします。

すべては、頁をめくったとたん広がる絵に、ドキンとしてもらえるように。

 

めざすは、パスタとパスタソースの絡まり具合の妙。

この場合、パスタが文章で、ソースは絵ですよ〜。

だって、なにを食べようかとおもうとき、ソースで選びますもんね。

まあ、どっちにせよ、口にいれた瞬間には、なにも考えずにパスタのもっちりとした噛みごこちとソースの豊かな旨味をうっとり味わってほしい。

つまり読者が、よけいなところにひっかからずに、お話の世界に入っていけますようにと願うわけです。

 

はじまりから終わりへと向かうリズムも、とても大切。

たとえば映画で、冒頭からずっと大音量と迫力画面でボンボンやられたら嫌気がさしてしまうはず。静かな音楽や、ゆったりとした展開などのメリハリがきいてこそ、見せ場がいきてくるものです。

絵本もそう。

 

剪定バサミをチョチョキいれつつ、上から下から 矯めつ眇めつしているうちに、絵と文と、紙とインクと糊と…ほうぼうから差し伸べられたいくつもの手があわさって、絵本がゆっくりと呼吸をはじめます。

生きもののように。

 

絵本づくりの醍醐味です。

 

(それにしても、さとうさんの描く赤い魔女、こわいよ〜ん (>_<)

 

「こわい」は ともだち?

 

"ME and my FEAR" という絵本を翻訳中です。

 

9月に出版されたばかりの『ジャーニー 国境をこえて』(きじとら出版  青山真知子訳)の作者フランチェスカ・サンナによる2作目です。

まず 1作目の『ジャーニー 国境をこえて』がどんな本だったかというと…。

 

抑制のきいた色と線が美しく、どこか懐かしい人形劇のような趣もありますが、戦争で大黒柱を失った母と子が難民となって逃げる苛酷な現実を描いた絵本です。

具体的な地名や時代は、かいてありません。

どこにでも起こりうることだから。

 

旅立ちの前、母は「安心してくらせるところ」をめざして「すごい冒険」をしようと子どもたちを励まします。

冒険の定石どおり、おそろしいこと、つらいことがたくさんあり、旅が進むにつれて母子は「いろんなものを うしろにのこして」いきました。命ひとつだけを抱えて。

そしてようやく新しい土地にたどりつき、読者の心にも希望がともったところで、このすぐれた絵本は閉じられます。

 

 

 

…けれども。

物語にはいつだって、つづきがあるものです。

母と子は、新しい土地で幸せに暮らせたのでしょうか。

「安心してくらせるところ」には戦争がないとしても、言葉がちがいます。

異国のたべものや風習になじむまで、しばらくかかることでしょう。

仕事はみつかったでしょうか。

子どもたちは、学校でいじめられないでしょうか。

 

2作目の "ME and my FEAR" は、そんな「つづきの物語」なのかもしれません。

けれども、この本の魅力は、難民問題を抜きにしても、うなずける内容だということです。

 

主人公の女の子には、ひみつの友だちがいました。

ほかの人にはみえない小さなふしぎな存在で、白くてほわんとしたオバケちゃんみたい。

この友だちの名前は FEAR = 恐怖心。

つまり女の子は、こわがりだったのです。

 

日々、わたしたちは、いろんな物事をこわがったり、警戒したりしてくらしています。

だけどちょっと恥ずかしいから、自分が FEARを抱えていることはなるべく隠します。

でも悪いことばかりじゃないんですよね。

FEARのおかげで注意深くなるので危険な目にあわずに済むし、対処法も学んで少しずつ強くなっていくのです。

 

ね。

だれもが、ふむふむと思える設定でしょ。

フランチェスカ・サンナ、うま〜い!

 

さてと。

翻訳者としての私の課題は、副主人公の FEARちゃんに 日本名をつけてあげること。

そしてつぎに、読者である日本の子どもたちの日常と、この本がじつは強烈に意識している難民問題とをどれくらい重ねるかという匙加減です。

うーむぅ…。