インク、ぽたっ!

 

混乱、きわまっております。

コーヒーを淹れて戻ってきて机の上を見たら、我ながらおかしくなってパチリ。

 

作絵で制作中の『ハンカチともだち』

アリスン・マギー来日対応に追われたため、まるっとふた月ほど遅れての進行。

かなり焦っています。

 

それでも。

手を動かしはじめれば「そんなこと、しらないもーん」のペースでしか進まないものです。

ひとが1日にできることって、かぎりがあるのよね。

遅々として進まないという表現がありますが、そうではなくて、遅々、遅々…と小さな虫が鳴きながら這っていく速度で進んでいくしかない。

 

いまは 文章だけのレイアウトにあわせて 鉛筆描きの絵にインクを入れていく作業。

ペンの滑りがよいときはきもちいいのですが、なにが辛いって、目が………。

 

ひ弱なわたくしですが、視力だけは人一倍優秀でした。

『これは王国のかぎ』の挿絵を描いたときに視力が落ちたと慌てて眼科にとびこんだら「1.2ありますが、なにか問題でも?」といわれたほど頑健な瞳です。

しかし、それも今は昔。

 

度の違うメガネをずらりと並べて、とっかえひっかえ。そう、ハズキルーペもね。

そうすると見えるんだけど、こんどは偏頭痛になるのです。

肩こりバキバキです。

 

しかも、うわっ……インクが ぽたっ! ( ←ランドセルのところね)

 

弱り目に祟り目。

でもだいじょうぶ。

むかしだったら 泣きながら絵を描き直したところですが、泣かない。

いまは フォトショップがあるんだもーん。

 

そう。

インク入れがすんだら、つぎにはフォトショップによる作画です。

線を整理して、版画のようにレイヤーを分けて色塗りをします。

メガネとっかえひっかえと、眼精疲労頭痛の日々がつづきます。

せめて珈琲はこぼさないようにしなくちゃね。

 

チチ、チチ、チチ……。

 

アリスン・マギー in Japan

 

とうとう、アリスンがやってきました。

といっても、うちにお茶を飲みにきたわけではありません。

まずは、主婦の友社を訪問して、ご挨拶…。

 

 

社内を見学して、ついでに、こんなお茶目なことをして…

 

 

新宿紀伊國屋書店でサイン本を作り…

 

 

大田区千鳥の子どもの本専門店 Teal Green in Seed Villageに移動して…

 

 

 

朗読+ミニトーク+サイン会

トーク内容を移動車中で相談する予定だったのに、ほかの話が弾みすぎて、ぶっつけ本番。

結果的にびっくり裏話がいろいろ聞けたのは、参加してくださった皆さんにはもちろん私にも、おもしろかったですけど。

 

 

翌日は、神保町ブックハウスカフェに 終日カンヅメで メディア取材。

朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、MOE、NHKのインタビュー。

 

 

そして夜にはミニ朗読会とサイン会。

 

 

翌日の午前中は、日本出版クラブホールでのトーク。

会場を拡張し、当初の予定をはるかに上回る方々に、アリスンの文学者としての魅力をご紹介することができました。

 

 

そして夕方には、なんと、小倉優子さん(ゆうこりん)との対談取材!

その合間を縫って、JPICの取材あり、YouTube録画あり。

 

とまあ、時差呆け配慮ほぼ皆無の強行スケジュールで酷使したあと、北陸新幹線に乗って、古都金沢の温泉宿に行きました。

トップの写真は、旅館について、ほっと一息の図です。

 

 

すると、緊張がとけたのでしょう。

桜色の髪のアリスンは、みるみる桜の精になってしまったのです〜。

 

 

でもね、この桜の精は、あんこに目がないのですよ。

みんなでシェアするはずの あんころもちも、パクパク一人で食べちゃうの。

ま、いいけどね、わたしはいつでも食べられるから…。

 

 

学生時代に東アジア研究を学び、中国語に堪能で、名刺をもらえば漢字で名前を覚えてしまうアリスン。

繊細で柔らかな声の朗読と、やさしい眼差しで、多くの人の心をつかみました。

彼女の詩人、そして小説家としての奥行きが「ちいさなあなたへ」「たくさんのドア」などの尽きぬ魅力となっていることも、理解していただけたことと思います。

 

 

とてつもなく忙しい日々でしたが、私が終始感じていたのは、居心地のよさ。

本の奥にある静かな泉のほとりで、わたしたちは、とうの昔に出会っているからという感覚でした。

 

本を書くことも、読むことも、とても個人的な行いです。

心の奥に、ひとりで深く潜っていくこと。

そこで同じ水音に響いた者たちは、そっと手をつないだ者どうしなのかもしれません。

 

たとえ、どれほど遠くに住んでいようと。

一生に一度しか会えなかったとしても。

まだ、会ったことがなくても。

けっして、会うことがないとしても。

 

それが、本の喜び。

 

アリスン・マギーの本のこと

 

アリスン・マギーは、日本ではほぼ「ちいさなあなたへ」「たくさんのドア」の著者としてしか知られていませんが、本国アメリカでは小説家・詩人として評価が高く、幅広いジャンルの文学の作家です。

 

たとえば、ピューリッツァー賞候補となった小説 "Shadow Baby"。

主人公は11歳の少女、名前は Clara winter。

ほんとうは苗字はWinterなのだけど、彼女はいつも「小文字で」と注文をつけます。

口頭で発音されても、それが大文字だったのか小文字だったのか、わかるんですって。

 

赤毛のアンが Anneと最後に e をつけてと言い張ったのに似てほほえましいですが、クララがそうするのは、じぶんの苗字である「冬」を憎んでいるから。

 

クララが産まれた 猛吹雪の日。

当時18歳だった母のタマルは吹雪で立ち往生した車の中で出産をし、クララと一緒に産まれてくるはずだった双子の姉が死産となってしまったから。

以来、母タマルは、死児のことを語らず、クララとその子の父のことも、姿をけした祖父のことも語らないから。

 

クララは、言葉がすき。

じぶんのことを言葉でできている人間というほど鋭敏な言語感覚をもち、語彙も豊富です。

過剰ともいえる言葉を武器に、母から真実を引きだそうと涙ぐましい努力をつづけますが、いつだって母の無言、あるいは直截で容赦のない言葉で問いを断ち切られてしまうのです。

若きシングルマザーとして生きてきた母タマルは、自他に厳しく頑なな女性でした。

 

あるときクララは、近隣のトレーラーハウスに住む一人暮らしの老人と出会います。

祖国を失い、無一物の移民としてアメリカにやってきた老人は金属細工の職人としてつましく生きてきたようですが、とても寡黙で、文字を読めません。

もちろん語彙も貧しいのですが、クララにはわかるのです。彼がどれほどの物事を生きてきたかが。

 

クララは彼の生涯をさまざまに妄想し、あるいは現実との齟齬をしり、やがてじぶんは彼の弟子で、いまは修行中の身であると考えるようになります。

いったい、何の修行でしょう。

ほとんどの人が価値をみいださない物事のなかに possibility of beauty (美しくなる可能性) を探しだすこと。

そして、無関係におもえる断片のあいだに整合性を見いだしていくこと。

それはすなわち、物語を紡ぐことでした。

 

後半、物語は大きく展開し、だれかを崖っぷちで愛することの、胸の奥がしぼられるように痛切な感覚が呼びおこされます。

命をかけて守ろうとすること。

そしてときには、守り切れないということについても。

 

 

 

ああ、どなたか、この"Shadow Baby"を翻訳してくれませんか〜?

クララの心がひどく傷ついたときに、母タマルがクララにしてあげたことを思うだけで、いまも涙がでそう…。

 

でも、それはトークイベントでお話ししようと思っているので、いまは、このへんで。

えへへ。

 

お申し込みは、主婦の友社HPまで。 (^_-) 

http://shufunotomo.hondana.jp/news/n29054.html

 

 

 

 

 

 

黒牛・黒牛・黒牛

 

さとうゆうすけさんの個展「黒」。

「ノロウェイの黒牛」の原画を中心に、西荻窪ウレシカで始まりました

 (26、27はお休みで 4/1まで)

 

 

岐阜からでてきた さとうゆうすけさんと、神戸からでてきた 鈴木加奈子編集者と、都内はどこでも自転車ででていく装丁家の中嶋香織さんと合流し、初日にいってまいりました。

 

「渾身のデビュー作」と評されるのも誇張ではないほど心血をそそいだ絵が額におさまり、できたてほやほやの本の山をぐるりと囲んでいます。

門出を祝うあたたかな眼差しが感じられる展示です。

 

店主さんは「第一作目でこんなに命を削っちゃって、いったい次はどうするつもり?」と、笑っていました。

そう感じてくれる方がいることが、とてもうれしい。

 

大きなファイルも置いてあり、ラフやボツになった絵をじっくり見ることができます。

いやそれどころか、過去の展覧会では額に入っていたはずの絵が、どさっと無造作に重ねて置かれているではないか…。

きゃ〜。いいのか ウレシカ、いいのか さとうさん。

 

それを見た我ら女三人(さとうさんを除く)の反応はというと、ほら、あれですよ。

デパート通路のワゴンセール。

がやがやとおしゃべりをしながら、なんの気なしに手をのばしたものの、しだいに目が真剣になり、やだ、なにこれ、超掘り出し物じゃないの、ついこないだまでプロパー価格だったわよねと、各自、脳内で試着だの計算だのをはじめるため緊張にみちた沈黙がひろがる…みたいな。

いずれにしても今がチャンス、お見逃しなくの必見お宝でございますよ。

 

そして、ふと見あげれば、柱には、こんなものが…。

 

 

ちょっとわかりにくい写真ですが、さとうさんが針金で作った牛の頭部の立体作品です。

ほぼ実物大ね。 (牛の)。

 

さとうさん曰く「針金で空間に一筆書きをするようなもの」なんですって…。

いやあ、おもしろい。

右から左から、角度をかえて眺めては、うなったり、呆れたり、こっそり中に指をいれてみたり…しちゃった (^_^;)

 

さとうさんは、絵に行きづまると、こんな針金遊びをするそうですが、それが彼の絵に奥行きを与えていることはまちがいありません。

 

 

 

そんな さとうゆうすけさんに、加奈子編集者からプレゼント。

なんだか わかりますか?

 

ええ、お酒です。

スコッチウィスキーです。

 

 

そう、黒牛なんです!

 

「ノロウェイの黒牛」の原題は "Black Bull of Norroway" 、スコットランドの昔話です。

なんとまあ、さとうさんがモデルとして選んだ牛と同じ種類の牛ではありませんか。

加奈子さん、えらいっ。よくぞみつけた。あなたは編集者の鑑であるぞ! (?)

 

さとうさん、おつかれさまでした。

完成した本の頁を繰りながら、このスコッチを傾ける酔い心地は、さぞ深いものでしょう。

 

 

おしまいに、わたしが買ってきた絵葉書を。

「ノロウェイの黒牛」の前に試しにかいたという「太陽の東・月の西」の絵もあります。

 

さとうさんが、これからも命を削って作りあげてくれるであろう絵本が楽しみです。

 

 

 

 

 

春の新作まりちゃんたち

 

春の光とともに、松本から、まりちゃん人形の新作が届きました。

 

本物のドレスをきた まりちゃん人形たちは、そもそも 2011年春の安曇野の絵本美術館「森のおうち」での原画展にあわせて、松本の子どもの本専門店「ちいさいおうち」の越高令子さんと読書ボランティアのお仲間たちが企画・制作してくださったものです。

 

わたしは『のはらひめ』の主人公まりちゃんの紙人形原画を描き、越高さんに送りました。

 

 

すると、越高さんとお仲間たちがちくちくとお洋服を縫ってくれました。

絵本にでてくるドレスが次々に縫い上げられ、写真が送られてきました。

 

 

けれども、展示が予定されていたのは、2011年の春から初夏。

準備の最中に、東日本大震災がおきました。

 

松本も、安曇野も揺れました。

それでもみなさんは、もっと被害の大きかった地域のことを考えながら黙々と手をうごかしつづけたそうです。

 

そんな思いのつまった 10体のまりちゃんたち。

お針子さんたちの好みや個性もたのしい、かわいい子ばかり。

ふだんぎのまりちゃんから、ゴージャスプリンセス、人魚姫、十二単などなど…。

 

 

その後、まりちゃん人形たちは被災地をはじめ、全国各地で巡回展示をおこないました。

旅する まりちゃん一座。

作り手の思いが伝わるのでしょう。

まりちゃんたちがいる片隅は、ぱっと明るく穏やかな光に満ちるのです。

 

そして今年の3月11日。

震災から丸8年がたった日の朝に、新作まりちゃん5体が届きました。

絵本にはでてこないオリジナルファッションだそうです。

被災地の新しい未来への祈りが感じられます。

 

これで、まりちゃん人形は15体になりました。

原画展や講演会のとき、これからも、たびたびお伴してもらうつもりです。

 

 

 

光吉夏弥さんの『たくさんのお月さま』…とヤフオク

 

ざっと25年前のこと。

福武書店(現ベネッセ)で児童書を出版してきた二人の編集者、米田佳代子さんと上村令さんが、徳間書店であらたに児童書編集部をたちあげることになりました。

 

「この本はね、最初のラインアップの目玉のひとつなの。

うちの本作りの方向を示すものになるんだから、気合いを入れて翻訳してよ」

 

…と、鼻息の荒い米田編集者からわたされたのが右端にある "MANY MOONS"の原書です。

文はジェームズ・サーバー。絵はルイス・スロボドキン。

アメリカで出版されたのは、日本がアメリカと戦争中の1943年のことでした。

 

その後、"MANY MOONS" の物語は日本でも「たくさんのお月様」として、いろんな方によって訳され、出版されてきました。

けれど、スロボドキンの絵とともに出版されたことはなかったのです。

著作権関係の難問があったのを、米田さんは何年もかけて版元と粘り強い交渉を続け、ようやく許可をもらえたのだと、とてもうれしそうに話してくれました。

 

スロボドキンといえば『百まいのきもの』や『元気なモファットきょうだい』などの挿絵で有名ですが、じつは彫刻家。

この『たくさんのお月さま』がコールデコット賞を受賞したことで、絵本の仕事を多く手がけるようになったという重要な一冊です。

スロボドキン大好きの米田編集者としては、鼻息も荒くなろうというもの。

「スロボドキンの『たくさんのお月さま』は 本邦初出版だからね!」と息巻くヨネダ。

 

しかもサーバーは、一筋縄ではいかない諧謔の作家。

そんな彼が子どものために書いたはじめての物語。

わたしは重圧に耐えながら翻訳をしました。

翻訳ができあがり、表紙のデザインがあがり、初校がでて、あとがきにも帯にも「本邦初出版」の文字が躍ります。はりきってるヨネダ。

 

さいごのしあげとして、わたしは諸先輩の訳による古い本を読みくらべることにしました。

それまでは影響されることがないようにと読まずにいたのですが、念のためにね。

誤訳や勘違いがみつかったらどうしようとヒヤヒヤしながら、図書館の閉架資料から古い本を何冊も借り出しました。

 

そして、ある本のあとがきを読んで、心臓がとまりました。

誤訳があったからではありません。

ほんの1行、さらりと書いてあったのです。

原書そのままにスロボドキンの絵で出版され、ほどなく入手できなくなった邦訳本が、じつは存在したらしいということが!

しかも、翻訳は、あの光吉夏弥さん…。

 

血の気がひくとは、このことです。

あわてて米田さんに連絡をして校正刷りの帯から「本邦初出版」を消して印刷所に待ってもらい、あちこち電話をかけてもらうと(ネットもメールもない頃です)、大阪府立国際児童文学館に貴重な資料として一冊だけ保管されていることがわかりました。

わたしは新幹線に飛び乗って、大阪へ…。

 

白手袋をした土居安子さん(…じゃなかったかもですが、隣にはいたよね) が、うやうやしく資料室からだしてくれたのは、まさにスロボドキンの絵による日本語版でした。

 

刊行は1949年。

つまり原書のアメリカでの出版から6年後、太平洋戦争終結の4年後。

紙が粗悪で、版も小さいのは、戦後の紙の事情だったようです。

版元の名前は、日米出版社。住所は、毎日新聞社内。

日米出版は、平和を手にいれた日本の子どもたちのために志の高い出版物をだしていたようですが、ほんの数年間しか出版の記録がありません。

この幻の邦訳本もあまり人の手にわたらずに消えてしまったのでしょう。

 

心がしんとして、おごそかなきもちで、そっと頁をめくりました。

光吉夏弥さんの訳文は、誠実で、あたたかみがありました。

わたしが悩んだ箇所について、似た訳語が選んであれば小躍りしたくなり、異なる工夫で伝えられていれば、唸ったり含み笑いをしました。

 

千里中央公園にあった大阪府立国際児童文学館の窓辺の午後。

わたしは光吉さんがどのようなお顔の方なのか存じあげません。

けれど、洒脱で広い心と教養の持ち主の、いたずらっぽい笑みがうかびました。

なによりも、子どもの読者と、しっかりと目線をあわせようとする翻訳者だと感じました。

あの戦争のあいだ、どんな思いで西洋の物語を懐に抱いていらしたことか。

 

『ちびくろさんぼ』や『ひとまねこざる』『はなのすきなうし』。

光吉さんの言葉で育ったことを思い、その幸せをかみしめたのです。

 

じぶんの翻訳をはじめる前に、光吉さんの訳を読まなくてよかったと胸をなでおろしたのも事実ですが。

 

 

……と、そんなふうに。

たいせつな記憶を起点として版を重ねてきた 徳間版『たくさんのお月さま』。

今回、25年ぶりにリニューアルすることになりました。

 

横組を縦組にするのです。

どうです、これぞ本邦初の画期的な出版ではありませんか。

そんなことをあとがきを書こうかと話したら、リニューアル担当の小島範子編集者にたずねられました。

 

「そういえば光吉夏弥さんの古い本って、縦書きでした? 横書きでしたか?」

「えっ…。ど、どうだろう…。原書みたいに正方形っぽかったとおもうけど…」

 

恥ずかしながら、なにせ25年前のこと。

ほかのことに感激しすぎたためか、かんじんの記憶がとんでいます。

光吉さんのことだから、日本の子どもたちの読みやすさを考えて縦組にしてもふしぎはありません。初期の岩波の絵本がそうでしたものね。

 

「いまはネット検索ができるから大丈夫。国立国際子ども図書館も上野にあるしね。調べてみましょう」と、かろやかにキーボードを打っていた小島さんの手が、とまりました。

 

「……やだ。ヤフオクに出てる……。しかも、千円。。。」

 

うっそぉぉ。まじぃ〜!? と、はしたなく叫んでしまった私の心情を、ここまでお読みの方はご理解くださいますでしょう。

しかも出品されたのは、ほんの数日前。なんなの、この天のいたずら。

 

「ヤフオクってどうするの?」「とりあえずポチしてみる?」「だめ、アカウントがない」

…てなことでオタオタすること数時間、ぶじに入札。

どきどきしながら待つこと数日。

競争者はあらわれず、めでたく落札しました。 はい、千円で。

 

とまあ、そんなわけで。

貴重な幻の本が、いま、手もとにあるのです。

 

光吉夏弥さんの、くすくす笑いがきこえてきます。

 

 

 

昭和24年。70年前の本です。定価160圓。

 

 

同じ年に、やはり日米出版社から刊行された「少年百科」。

ヤフオクではなく古書店でみつけました。

随所に光吉さんの名前があるので、深くかかわっておられたことは、まちがいありません。

 

 

『たくさんのお月さま』とおなじような粗悪な紙ですが、「言い訳」がかいてあります。

誠実な思いと熱意がつたわってきますよね。

 

 

「少年百科」の巻頭の言葉です。

平和な時代の、なににも妨げられずに本を読むことのできる子どもたちへ。

大人が本気で子どもたちを育てようとしていたのだと、感じます。

 

 

 

『きみが いま』で鯛茶漬け ふたたび

 

 

  きみが いま むちゅうなのは…

  きいろい カップ

  おはようの うた

  きらきら まぶしい あさの ひかり

  にじいろに かがやく むしの はね

  そして…

  おおきな ダンボールばこ

 

小さな男の子が瞬間的に夢中になるであろう日常の些細な物事が、いくつもいくつも重ねられていきます。

とりたてて物語があるわけでもなく、子どもの「むちゅう」ばかりがアルアル的に。

そのなかにくりかえし登場するのが、なぜか、からっぽの大きなダンボール箱。

でもその箱は、男の子にとってさまざまなものへと変化していくのです。

 

  さきのことなんて しんぱいしない

  あしたのために いそぐことも しない

  だから…

  おおきな ダンボールばこに むちゅうに なれる

 

そう、からっぽのダンボール箱は、変幻自在な大きな夢のいれもの。

いまの瞬間を夢中に生きる子どもたちの、とりとめもない行動が愛おしく思えてきます。

 

 

きみが いま』はアリスン・マギーと ピーター・レイノルズのコンビによる絵本ですが、やはりコープロ契約で重版のハードルが高いこともあって品切れになっていました。

(コープロの問題については、こちらをお読みください。http://chihiro-nn.jugem.jp/?eid=2)

 

しかし、またもや、主婦の友社の勇者たちが闘ってくれて、国内印刷による復刊を決定。

『ちいさなあなたへ』と『たくさんのドア』の弟分として、装いをちょっぴりかえて再登場します。

 

復刊担当編集者の白田久美さんとともに、南青山にある水崎さんのデザイン事務所で、表紙と帯のデザインについて検討しました。

ちょこっとずつ違うのですよ。わかりますか?

国内印刷になれば紙も日本製となり、いろんな種類から選ぶことができます。

風合いの違いもたのしみです。

 

 

あれこれ集中審議をおえると、おなかがすきました。

さて、水崎さんオフィスでの定番ランチ、鯛茶漬けへ…!

なんと、以前の記事をごらんになった方からあの鯛茶漬けをたべたいとの要望が殺到(?)し、水さんはこの数か月間で何人もお連れしたのですって〜。(・0・)

 

それゆえに水さんが上客認定されたのか (いや、たぶん、たまたまでしょうが)、個室へ通されました。

この雰囲気、この味、まさに高級料亭でございます。

それでも福井県のアンテナショップの隣にあるためか、ランチはお財布にやさしいお値段ですので、ご安心を。

 

よく見たら、「鯛茶漬け」はメニューにのっていませんでした。

正しくは「本日の白身魚の胡麻茶漬け定食」とかなんとか…。

最初にいただいたときの白身魚が鯛で、とても印象的だったため、わたしがかってに命名してました。でもお店の方に確認したら、かなりの高確率で鯛だそうですよ〜。

 

 

お店は、いま賛否両論かまびすしい港区の児童相談所建設予定地の目の前です。

ファッショナブルなビルが林立するなか、そこだけぽっかりと、空き地が広がっています。

青空も、深い。

まえに来たときは、緑のクローバー畑でしたっけ。

春がくれば、クローバーの花冠もつくれそう。

 

おいしい鯛茶漬けをたべたら、ちょっと足をとめて、いろいろ貼ってある貼り紙を眺めて、これからの日本で子どもを育てていくことについて考えてみてください。

 

 

たくさんのお月さま 縦方向にリフォーム

 

あるひのこと。

海べの王国にすむ 小さなレノアひめは、木いちごのタルトをたべすぎて病気になってしまいました。

元気のないレノアひめに 父君の王さまが「なにか ほしいものはあるかい?」とたずねます。

すると レノアひめは こたえました。

「お月さまをもらったら、きっと げんきになるとおもうの」

さあ、たいへん!  王さまは、なんとかして月を手にいれようとするのですが…。

 

たくさんのお月さま』は、とても魅力的なおとぎ話です。

作者は、知る人ぞ知る諷刺作家のジェームズ・サーバー。一筋縄ではいきません。

かわいらしく優しい物語のなかに、ちくりちくりと皮肉な笑いがこめられています。

それでもやはり結末は、しあわせ。満足の吐息とともに、まあるく穏やかにとじる本です。

 

絵をかいたのは、ルイス・スロボドキン。

『百まいのきもの』や『てぶくろがいっぱい』などで多くの絵本ファンの心をつかむ画家ですが、『たくさんのお月さま』は彼のごく初期の作品であり、この本でコールデコット賞を受賞したからこそ、絵本作家になったともいえるでしょう。

出版されたのは1943年。日本がアメリカと戦争中のことでした。

 

わたしがこの絵本を翻訳したのは1994年。

徳間書店が児童書の刊行をはじめたときの目玉のひとつでもありました。

 

いろんな意味で大切な一冊ですが、現在、絵本から読み物の判型につくり直して再出版する作業が進行中です。

 

えーっと…。

写真で説明したほうが早いですね。

 

もとの絵本は英語なので、もちろん文字は横書きです。

これが原書。英文がミチッとつまっています。

 

1994年の翻訳では、つとめて忠実なかたちで、日本語をあてはめました。横書きで。

重箱の隅々までミチッっとね…。

 

翻訳者としては、このギリギリスペースに忠実な訳文をつめこむ任務を完遂した職人的満足感はあります。

でもやっぱり、窮屈ですよね…。

読書メーターなどをみると「絵本にしては大迫力の文字量」「文字ちっちゃい」などというレビューも散見します。 (^_^;)

 

なので今回、思い切って、こんなふうにしちゃおうかと…。

 

ね、読みやすいでしょう〜! 

文字が多くなると、日本語はやはり縦書きのほうがすんなり頭に入ってくるようです。

ほにゃらら〜と、肩の力がぬけますよね。

 

ん、だけど、こんなにスカスカなのは、文章を短くしたんだろうって?

いえいえ、文章は、ほとんど変えていません。

本のページ数を大幅に増やすことで、1ページあたりの広々感を実現しました。

 

だけど、絵が小さくなるのは、けしからんって?

でもでも、そのぶん、文字をゆったりと配置し、これまで以上に文と絵の内容がどんぴしゃ合うように改善しております。

まずは、お手にとってお読みくだされば、私どもの工夫にご納得いただけることかと…。

 

まあ、正直なところ、横のものを縦にすると、失うものもあります。

そのデメリットをいかに緩和するかも、職人技です。

 

↓その作業中の小島範子編集者 @徳間書店編集部。

横でわたしが ヤイノヤイノと注文をつけると、職人小島がPCを操って、文字の大きさをかえたり、絵をずらしたり、拡大縮小したり、句読点を調整したりと、数々の技をくりだして処理してくれます。

 

 

そのつど、プリントアウトして糊で貼りつけ、本のかたちにしたものを、ページをめくり、何度も読んで検討します。

 

 

目的は、ただひとつ。

レノアひめと同じ年頃の子どもたちが、はじめてひとりで読む ちょっと長めの物語として、読みやすく楽しい本にしあげることです。

 

順調に進んでいます。

 

読書感想文コンクールの表彰式

 

読書感想文全国コンクールの表彰式にいってきました。

がっこうだって どきどきしてる』の感想を書いてくれた子たちが表彰されたからです。

 

今回は、皇太子さまとともに雅子さまが17年ぶりに出席され、ことさら晴れがましい式典となりました。

そのぶん警備や報道陣も増え、物々しい雰囲気でもあります。

 

著者の席は前のほうに設けられているのですが、あらかじめ、じぶんの著書の感想文だけは読ませてもらっているので、子どもたちが入場してくると、どの子が「じぶんの」子かしらと、著者は各自いそがしく目を走らせます。

そしてその子の名前がよばれると、一挙手一投足をみつめ、うなずき、ほほえんでしまう。

壇上で賞状を授与する大人たちさえ緊張する厳かさのなか、ひとりずつ名前をよばれて賞状を受けとる子どもたちの凛々しいこと…。

 

わたしの左隣は宇野和美さん。右隣は、まはら三桃さん。

かわりばんこに目顔でかわした会話は…

 

 「(あなたの子)、かわいいわねえ」

 「(あなたの子)、おじぎが綺麗ね」

 「(あなたの子)、なんて利発そう」

 

著者席はほとんど模擬保護者席へと変じ、ほめあいの応酬となったのでありました…。

 

式が滞りなくすむと、ホールに移動して記念パーティです。

うってかわってにぎやかに談笑する黒山の人だかりをかきわけて、著者と編集者、出版社のスタッフたちは「うちの子」を探しだし、サイン本をわたしたり、いっしょに写真をとったりします。

ご両親や先生方ともお話ができるので、子どもの読書を応援してくださる方達にとても励まされるひとときです。

 

  

 

緊張からときはなたれた子どもたちのかわいらしいこと。

Aちゃん、プチケーキをずいぶんたくさん食べてたよねえ…。(^o^)

おいしく楽しい記憶が、このさきいつまでも本を読む喜びとつながりますように。

 

 

 

ついでに課題図書つながりで、ちょっといい話をひとつ。

 

昨年の11月のこと。

地下鉄銀座線の車内で、小学校三年生くらいにみえる制服姿の男の子が、むちゅうで本に読みふけっていました。

もちろん、わたしは隣にすわり、しっかり観察。

 

低学年で読むにはかなり長めの翻訳児童文学『ぼくとベルさん・友だちは発明王』です。

夏休みの高学年向け課題図書だった児童書で、電話を発明したベルとディスレクシアの少年との交流をえがいた歴史フィクションのラスト10ページほどを、その少年はとても集中して読んでいました。

 

…と、そのうち鼻をスピスピさせて、本を読みながら、左手でハナクソをほじりはじめたではありませんか。

おお、巨大なハナクソが取れました!

 

はじめて本から目を離し、ハナクソをまじまじとみつめる少年。

そのハナクソどうするつもりだい、区立図書館の本にくっつけないでよねと慌てるわたし。

しかし少年は、それを左手の指でつまんだまま、ひじで本を押さえ、右手でページをめぐり、またひたすら読み続けたのであります…。

だからわたしは、ポケットティッシュを「どうぞ」と さしだしました。

 

少年はキョトンとした顔でわたしをみあげ、「ありがとうございます」と礼儀正しくいうと、ティッシュを二枚抜き取り、それまでがまんしていたのか盛大に鼻をかんでから、ポケットにねじ込みました。

そのころには、目はまた本に吸い寄せられています。

 

そしてそのまま最後のページまで読み終え、あとがきと著者紹介はパスして、また最初のページにもどり、ところどころ、たしかめるように再読しはじめたのです。

もはやティッシュのおばさんのことは些かも眼中になく、わたしが電車をおりるときにも、まったく目をあげませんでした…。

 

ね。

いい話でしょ。

訳者の櫛田理絵さんと、PHP出版の編集者さんに会えたらお伝えしようと思っていたのに、あまりの人の多さに叶いませんでした。

かわりにここに書いておきます。

 

コヨセさんのお出まし

 

七冊目の「おたすけこびと」は、船のおはなし

その筋書きや情景を文章でまとめた「シナリオ」が、コヨセさんの手にわたりました。

 

それまでの数か月間は、わたしと担当編集者の上村令さん (& その背後の編集部全員) とのやりとりです。

 

コヨセさんは「ボクだけが蚊帳の外。雲の上の方々が御前会議で決めたものが、勅命としてボクのところに下りてくる」なんて言ってますが、そうではなくて、コヨセさんの絵に値する物語となるまでの準備を入念に行うのであります。

 

じじつ、編集部チェックを突破できなかったシナリオ屍は山ほど…(;o;) 

ようやくコヨセさんのご登場までこぎつけると、わたしは、ほ〜っと一息。

踊りだしたいほど嬉しい。

 

だって、あとは高みの見物。

月イチペースで開かれる 定例「おたすけこびと会議」で、コヨセさんにダメ出しを、いや、叱咤激励のムチを、いえ、夢を託して にこやかに見守っていくだけですから。

 

ということで徳間書店オフィスでの、記念すべき 第1回 おたすけ会議。

コヨセさんが早くも表紙のイメージラフを描いてきてくれました。

いっきに夢が膨らみます。

 

みんなで熱く語り合う願望を、次々と絵にして見せてくれるコヨセさん。

コビト、かわゆし。

 

 

おたすけこびと担当の編集者は、上村令さんのほかにもうひとり、田代翠さんがいますが、あいにくこの日はご家庭にインフル勃発で欠席でした。

かわりに編集部期待の新人、TKさんが参加してくれました。 

 

編集者TKは 当業界に珍しく理系頭脳を有する青年なので、発する言葉が一味ちがいます。

「エンジンルーム」だの「内部構造」だの「開口部の大きさ」だの「浮力」だの…。 

 

ぐっと身をのりだすコヨセさん。

反対に、すっと身を引く 上村さんと わたし。

このときわたしの脳内では、初期段階で上村さんとかわした恐るべき会話が再生されておりました…。

 

 (以下、回想)

 

 「船なら、コビト達に、ほら、あのカラカラ回るのを操縦させたいよね」

 「ああ、あれね、えーっと、舵輪?」

 「それそれ」

 「だけど、あれって、木造帆船で使うんじゃない? 」

 「え、そうなの? まあ、たしかに今の船の運転席はボタンポチポチだけかも」

   「おたすけこびとワールドはもう帆船の時代じゃないよね」

   「だよね。ところで、鉄の船ってなんで動くのよ?」

 「ん? 蒸気? 石炭? いや、石油か? どうやって動いてるんだろうねえ」

 

……σ(^_^;)

 

重機キッズのキラキラ視線を裏切らない本にするべく、いろんな人の力を借りなくちゃと、冷や汗をにじませた わたくしでありました。