はたこうしろうさんと

 

ここは、はたこうしろうさんのアトリエ。

はたさんと作る オリジナル絵本の打ち合わせ中です。

 

十年くらい前から、犬の絵本をつくりたいものだと思っていました。

当時のわたしは、犬にむちゅうだったから。

でも、夢中の渦中というのは、うまくいきません。 文章を書くことは、後ろ向きの行為だからでしょうか。

 

犬との暮らしが終わってしまい、ぽっかり空いた心の穴がそれなりにふさがってきたころ、からりと明るく、スパイスたっぷりの絵本の構想がうかびました。

いいえ、スパイスどころか、じつは 諷刺絵本。

えっへん、諷刺絵本に 初挑戦だぞっ!

 

絵本にとって、文と おおまかな構成は、背骨です。

けれどもちろん、たいせつなのは肉付け、すなわち絵。

絵本の魅力はやはり絵ですもんね。

 

わたしがじぶんで絵をかくという選択肢もゼロではありませんが、それはあくまで「こういう本になってほしい」という理想と、わたしに描ける絵が合致したときだけ。 

(つまり、理想的な絵をかこうと努力は…しない…(>_<)ゞ

 

今回の場合、わたしの意中の人は、はたこうしろうさんでした。

一方的に思いを寄せても面識はありません。

仲人をたてて、正式にお話をまとめてもらわなくてはなりませんね。

ところが、仲人(=編集者)の山浦真一さんは唸りました。

 

「え、はたさんがいいの? うーむー、はたさんかぁ」

超多忙のはたさんのスケジュールに割り込めるかと大いに悩んだようです。

 

でも、めでたく快諾のお返事! うれしかったなあ。

これでもう半分できたようなものだと、ひとりウハウハ笑いました。

(ニヤついていたときの記事が、こちらでございます)

 

しかしもちろん、そう簡単にはいきませぬ。

なにせ、この本は文章と絵の乖離がとても大きくあるべきなのです。

文と絵の雰囲気も、まったく違うものでなければならない。

短い文章の裏で わたしが何を考えているか、それを はたさん流の味つけでどのように料理していただきたいかを伝えるために仕事場に通いました。

 

わたしが ぺらぺらくどくど喋りたてると、はたさんは、ささっと描いて、「つまり、こういうこと?」と絵で答えます。

うまい! おもしろい! やっぱり はたさんに頼んでよかった!と思うことは多いけれど、そ、それはちがう…とか、ああ、言葉が通じないと しおたれることも…。

 

でも平気。むしろ妙味。

だって、おとぎ話的ハッピーエンドはただの通過点で、じつはそのあと色々あるのがオトナの人生ですよね〜。

ぐるぐる がたぴし ぎくしゃくしているうちに、思いがけない名案がうまれて、絵本の幅と奥行きが広がります。

 

とまあ、そんな打ち合わせの3回目を行ってまいりました。

窓の外の柿の木に、青い実がなっていたっけ。

あの実が熟すころには、絵ができるかしら…。

ほかの仕事が目白押しのようだから、ヒヨドリに全部食べられちゃったあとかも…。

いや、木枯らしの冬も越すんだろな…。

新芽がでるまえには本ができるといいなあ…。(遠い目)

 

そらは あおくて

 

女の子が、古いアルバムを見て、おかあさんにたずねます。

 

 「このこ、おかあさんなの?」

 

写真のなかの子は、女の子によく似ているのですが、服装も髪型も部屋のなかも、ちょっと ヘン…。

 

 「おかあさんが こどものころって、いまと なんだかちがうのね」

 

すると、おかあさんは こたえます。

 

   「そんなこと ないわ。

  たいせつなことは すこしも かわっていない。

  そらは あおくて、くさは みどり。

  ゆきは しろくて つめたくて、

  おひさまは まぶしく あたたかい。

  いまと おんなじだったのよ」

 

女の子は、もっと古いアルバムを手にとります。

おかあさんのおかあさん、つまり おばあちゃんの子どものころの写真が貼ってあるのです。

もっともっと古いアルバムには、ひいおばあちゃんの子どものころの、セピア色の写真が貼ってあります。

 

どれもこれも、女の子には今とちがうように見えるのに、おかあさんは くりかえし、うたうように こたえます。

 

 「くらい へやの おふとんの なかで みみを すますと、

  きこえてくるのは とけいが チクタク うたう おと、

  かいだんの したの おとなたちの はなしごえ、

  まどの そとで はっぱが かぜに そよぐ おと。

  ほら、いまの あなたと いっしょでしょう」

 

そしてさいごに、未来へむけても、おかあさんは確信をもって言いきります。

 

 「いつだって、

  そらは あおくて、くさは みどり。

  ゆきは しろくて つめたくて、

  おひさまは まぶしく あたたかい。

  たいせつなことは いつまでも かわらない」

 

その言葉は、明るく鋭い祈りのよう。

愛しい子どもたちのために、世界の美しさと喜び、そして安らかさが永遠に変わらずにありますようにとの強い意志が、女の子をしっかりとつつむのです。

 

 

アメリカ黄金期の古典絵本を多く手がけたシャーロット・ゾロトウが 1963年に発表した絵本のテキストですが、日本では翻訳されていません。(原題は "THE SKY WAS BLUE")

このたび、杉浦さやかさんに絵をお願いして、出版することになりました。

(売れっ子の杉浦さんに数多の仕事をかきわけて絵本に集中する時間をとっていただいたため、2年以上かかりました〜。

 編集の吉田亮子さん、おつかれさま。あともう一息!)

 

主人公の女の子をふくめて、おかあさん、おばあちゃん、ひいおばあちゃんと、4世代の女の子の日常がえがかれます。

服装や、お人形、室内の小物など、杉浦さんならではの細やかなこだわりが楽しい。

青空色のお人形柄見返しも かわいいでしょう。

 

4世代の女の子たちはよく似ていますが、杉浦さやかさんによれば、

「わたし」は、おしゃまさんで、「おかあさん」は、おてんば、「おばあちゃん」は、あまえんぼで、「ひいおばあちゃん」は、しっかりまじめっ子…なのだそうですよ。

右下の表紙レイアウト紙に、紫フリクションでかきこんじゃいました。

みなさんも、ご確認くださ〜い (^o^)!

 

 

 

ハロウィンの告白

 

『プリンちゃんのハロウィン』初刷り見本につづいて、10年前に出版した『おばけのジョージーのハロウィーン』の増刷見本が送られてきました。

 

むむむ。

やはり、告白せよということか…。

よろしい。たかおさんにも、編集者Yにも話したことのないことを、ここに記しましょう。

 

新作『プリンちゃんのハロウィン』では、おかしの国のプリンちゃんが友だちのドーナツくんとマシュマロちゃんと三人で仮装をして夜の近所をまわるのですが、そのあとをこっそりついてきたのは……小さな おばけちゃん。

みんながおばけの仮装をして練り歩き、おかしをもらう様子をみて、じぶんも参加したくなったんですって…。(^o^)

 

…という、かわいいお話をかいたのは、このわたくしですが (オッホン)、

じつは、『おばけのジョージーのハロウィーン』が元ネタなのであります (てへっ)。

 

まあ、正確にいえば、おばけのジョージーは村の広場で行われた仮装コンテストに、うまれたままの(?)姿で参加して上位入賞をねらうものの、子どもたちに注目されたとたん、はずかしくなって逃げだしました、というお話です。

そのあとジョージーが、じぶんの家の屋根裏部屋でひっそりしたことが、とてもかわいい。

ジョージーは、はずかしがりやの小さなおばけなのです。

 

物語のはじめのほうに、

 

  ハロウィーンの よるになると、ジョージーは、

  こどもたちのあとから  こっそり ついていきます。

  けれども、こどもたちが よそのいえのベルをならして おかしをねだりはじめると、

  ジョージーは はずかしくなって かくれてしまいます。

  だから、ジョージーのすがたは だれにもみえません。

 

…とあります。

この文を訳したときから、わたしは子どもたちのあとをこっそりついてくる小さなおばけの姿を思い浮かべるようになりました。

 

だって、ジョージーは、とてもはずかしがりやだから気づかれなかったかもしれないけど、おばけの性格もいろいろでしょう。

なかには、つい調子にのってカミングアウトしちゃうおばけもいるかもしれないじゃありませんか。

 

ということで、そんなお調子者のおばけちゃんに、プリンちゃんたちがびっくりした場面が、上の「え〜〜〜っ!」です。ふふふ。

 

おばけのジョージーシリーズは、絵本から読み物への橋わたしにぴったりのシリーズです。

文字をひろいながら、絵を味わいながら、ゆっくりと長い物語の世界にむかう子どもたち、とくに こわがりさん、人見知りくん、はにかみちゃんにおすすめです。

 

 

 

むむ。

あらためて、ジョージーのときに書いたあとがきを読むと、思っていた以上にプリンハロウィンの構想の骨格がしるされておるな。

やはりプリンハロウインを出版することは運命づけられていたと満足すべきか、はたまた、進歩のなさを嘆くべきか…。

 

 

プリンで乾杯!

 

9月です。

もう秋です。(たぶん)

『プリンちゃんのハロウィン』ができあがりました!

 

編集者Yが届けてくれた見本は、刷りたてほやほや。

そっと鼻をくっつけてインクの匂いをくんくん。

ああ、ほんとにできたんだな…と、しみじみします。

 

表紙の色で迷ったことがウソみたい。

このこっくりとした かぼちゃ色以外、ありえないのに。

ちゃんと正解にたどりついていたねえと、頷きあう幸せな瞬間です。

 

 

じつは、わたしにはたいへん困った性癖がありまして、本ができあがったとたん、背を向けたくなってしまうのです。

一心不乱に力を注いだ本であればあるほど。

むかしより だいぶマシになりましたが、ひどい場合は、出版社から届いた見本の包みをあける気力もないほどに。

打ち上げの席でも、本の話題をつとめて避けようとするので、編集者に苦笑されます。

 

おほめの言葉をいただいても「むりにお世辞をいわなくていいですよ」と むっつりしてしまい、ほんのわずかでも「あそこが○○だったら、もっと良かったね」というようなことを耳にすれば、世界が山崩れしたかのごとく打ちのめされてしまいと、まことにややこしい。

我ながら馬鹿馬鹿しくなりますが、このナーバス期は一定の時間がたつと突然終わります。

霧が晴れたように長所も短所も冷静にみえてくるので、いわば本を作る病(?)の最後の発作のようなものかと諦めております。

 

 

でも、プリンちゃんシリーズには、それがまったくありません!

(おたすけこびとシリーズにも、ありません!)

 

愛がたりないのかしらん?

絵本の最終責任は絵描きにあると考える お気楽さゆえかしらん?

いえいえ、文章の目、絵の目、編集の目、そして読者の目を、チーム内でとりかえっこしながら、ためつすがめつ、とことん手間をかけて作りあげた自負があるからだと思います。

 

そんなわけで、赤羽にあるプリンの有名店「豆電COFFEE」にて、プリンで乾杯。

われらが主人公プリンちゃんとおなじく、愛情たっぷりに作られた素朴な健康優良児プリンを、晴れやかなきもちでいただきました。

(その後は、そっち方面にくわしい編集者Yの案内で、夜の赤羽の居酒屋街へ………。)

 

 

『プリンちゃんのハロウィン』。

9月6日から書店にならびはじめるそうです。

 

 

「きみ」と「あなた」のドジョウ問題

 

エミリー・ウィンフィールド・マーティンという若い作家の絵本を訳しています。

原題は “The Wonderful Things You Will Be” 。

 

生まれたばかりの赤ちゃんや 幼い子どもの瞳をのぞきこむと、はっとします。

なんとまあ、綺麗で、ういういしいのかと。

この子はいったい どんな人になるのだろうと思いめぐらし、時がとまってしまう。

その描写からはじまる本書は『ちいさなあなたへ』や『たくさんのドア』とおなじように、育ちゆく子どもたちへの応援歌です。

 

表紙をめくると、本を贈りたい子どもの名前をかく欄がありますが、まずは、大人がじぶんのために読む本だと、わたしは思っています。

もちろん、ときには大切な子へ、語りかけるように読んであげるのもいいでしょう。

子どもたちはなによりも、読んでくれる人の声のあたたかさや微妙なふるえを深く味わい、そのひとときをいつまでも忘れないはず。

 

 

…とまあ、そういう本をめざして、翻訳者として、ぐるぐるとぐろを巻いておりました。

文章の少ない、詩のようなテキストでは、全体のトーンを決めるのがもっとも大切。

そのためには、人称代名詞をどうするかが大問題。

なるべくさりげなく、おいしいお水のようにひたひたと読者の心に届いてほしい。

とすれば、さて。

語り手が子どもたちに呼びかける“You” は、「きみ」とすべきか「あなた」にすべきか。

 

かわいい絵だけど、ちょっぴりダークな隠し味があるし、母親目線だけでなく、父親目線の本でもあるので、「きみ」でいってみようかな…。

先生や親戚、ご近所など、子どものまわりのいろんな大人の言葉にもふさわしいだろうし。

 

  この せかいに

  やってきたばかりの きみは

  これから どんな

  すてきなことを するのだろう

 

タイトルも『みらいの きみに』にしてみようかしらん。

うん、すっきりクールにまとまった。よしよし、わるくない (^o^)!

 

 

ところが…。

担当編集者である平沢拓氏は、むむぅ…と渋い顔。

「おかあさんたちの殆どは、じぶんの子どもを『きみ』とは呼ばないですよね。

日常的にはもちろん、心のなかでも、どうなんでしょう。

ぼくにも1歳の息子がいますが、なんだか距離感があってなじめません」

 

あらぁ〜。

若い父親目線からも否定されてしまったのです。

 

 

………ええ、そうなんです。わかってるんです。

告白します。

「あなた」ではなく「きみ」にしたのには、不純な理由がありました。

思いがけずにけっこうヒットしてしまった拙訳『ちいさなあなたへ』や『たくさんのドア』から、なるべく違うものにしたかったのよ……(>_<)

だって、まるで2匹目、3匹目のドジョウ狙いみたいですもーん。よよよ。

 

わたしのその姑息な動機に一定の理解を示しつつも、平沢氏は穏やかに粘り強く、さまざまな角度から説得にかかってきました。

「カクカクの理由からも、シカジカの理由からも、この本のことだけを考えれば、やはり『あなた』がふさわしいのではありませんか」

 

えーーーん。

わかったよー。

 

というわけで、潔くひらきなおることに決めました。

ドジョウシリーズだと思われてもかまいません。

「あなた」でいきます。(キッパリ)

 

タイトルも『みらいの きみに』ではなく『いつか あなたが おおきくなったら』にします。

もー、あともどりできません。

装丁の水真奈美さんに原稿わたしちゃいましたからねっ! (鼻息荒)

ついでに言っちゃうと、水崎さんは『ちいさなあなたへ』と『たくさんのドア』の装丁家ですからねっ! (ほとんど捨てゼリフ)

 

 

まあね。

翻訳者がチマチマ悩んでも、絵本の世界は、さほどゆるがないものです。

エミリーの独特の絵でかたちづくられる ちょっと不思議な世界は不動です。

そして、さいごのほうで子どもを見守る大人たちに問われる「覚悟」のようなものは、読者がきっとうまく掬いとってくださることでしょう。

 

 

 

ゴッホ おすすめ

 

ゴッホの絵本、"VAN GOGH PAINTS THE NIGHT SKY : Vincent Can't Sleep"。

ゆるゆると翻訳をすすめています。

 

フィンセント・ファン・ゴッホが画家になるときめたのは27歳のときです。

37歳で亡くなったので、画家としての活動期間は、わずか10年間。

では、その前は何をしていたのかというと…。

 

牧師の家の長男として生まれたフィンセントは、花や虫や鳥がだいすきな観察力の鋭い少年でした。

でも、かんしゃくもちで気むずかしく、両親にとっては扱いにくい子だったようです。

成績優秀で学費の高い寄宿学校に入学しますが、環境になじめずに15歳で中退。

1年間ひきこもりののち、伯父が経営する大手画商グーピル商会にコネ入社します。

けれど接客業には不向きで、クビになってしまいます。

その後は代用教員をしたり、書店につとめたり、父のように牧師や伝道師になろうと必死に努力するも、ことごとく挫折。

 

いっぽう、フィンセントの4才年下の弟テオは、穏やかで人好きのする性格もあり、兄がしくじった場所で順調に成功し、若きエリート画商となります。

 

フィンセントのほうは画家宣言をしたといっても世間に認められたわけではなく、絵はまったく売れません。

その衣食住から絵の具代までの経費を払いつづけたのは、テオ。

有能な画商としてフィンセントの適性を見極め、絵のアドバイスをしたのも、テオ。

フィンセントと両親の激しい対立の調停役も、テオです。

 

フィンセントとテオ。

太陽と月ほどに対照的な兄弟ですが、根っこでひとつの存在だったのか、フィンセントが死ぬとテオの心身も折れたかのように半年後に亡くなっています。

 

 

……とまあ、翻訳作業そのものより、ついつい「資料研究」に吸い込まれてしまう私から、おすすめを三つ。

 

『ファン・ゴッホの生涯』(ネイフ / スミス著 松田和也訳 国書刊行会 2016)

細かい字の二段組み×上下巻。めちゃ長いです。超絶詳しいです。労作です。

身も蓋もないほど赤裸々に綴られるフィンセントの生涯は読んでいて辛くなりますが、この本のこと、わたしはたぶん一生忘れません。

 

『ぼくはフィンセント・ファン・ゴッホ』(林綾野 / たんふるたん 絵 講談社 2017)

小学生から読めるように、やさしい言葉でまとめられた伝記絵本です。

丁寧に資料文献にあたり、ちゃんと咀嚼されていることがよくわかります。

絵もいいですよ。あの写真や絵をこうまとめたかと感心するところが随所にあります。

わたしが翻訳中の絵本も、この本とならべて子どもたちに読んでもらいたいなあ。

 

『ゴッホ 最期の手紙』(コビエラ / ウェルチマン 2017)

125人の画家が、ゴッホの油絵タッチで描いたアニメーション映画。

ゴッホの油絵がうごきだし、ひそやかに語られる画家の人生に入り込むような ふしぎな体験が味わえます。

脚本としての魅力もあり、見終わったあとには悲しくも温かな余韻がのこりました。

 

 

いずれも、ここ一、二年の作品です。

そういえば、『ゴッホ 最期の手紙』の原題は "Loving Vincent"。

手紙の結びの言葉「愛をこめて」から作ったタイトルです。

生前のフィンセントは「愛」というものを扱いあぐね、報われることがありませんでした。

いま、多くの人びとが、こういうかたちで愛を返しているように思います。

 

秋プリン 涼やかに進行中

 

出口の見えない酷暑の夏です。

だいじょうぶ、涼しい秋は必ずきますとも!

われらプリン隊も、ひたすらそれを信じて、ふぅふぅと準備を進めております。

 

印刷所から初稿がでたので、西陽のきついアトリエに集合して、たかおさんがパソコンで作ったデータ、すなわちデジタル原画と比較して、検討を重ねました。

 

絵本の印刷に使うインキは基本的に、シアン(青)、マゼンタ(赤)、イエロー(黄)、ブラック(黒)の4色だけ。

この4色で、ほとんどすべての色を再現しているって、ほんと、すごい。

絵の具でかいた微妙な色を そのままそっくりに印刷するのが難しいのは、とうぜんですね。

 

では、パソコンで色を分解して調整した数値データなら、そのままそっくりに印刷でだせるのかといえば、これまた難しい…。

数字のとおりになんて、絶対にでてきません。

しかもパソコンモニターの光をとおした色の鮮やかさは、いわば幻灯の美しさ。

モニター画面をちょいと傾けただけで、色がちがってみえちゃうし。

正確でないのは、わたしたちの目、あるいは心のほうなのかも。

ああ、色の道は悩ましい…。

 

いろいろ見比べているうちに、どれが最善の色なのか、わからなくなります。

それでも、ゴールはやっぱり、紙の上に刷られて本のかたちになるモノのみ。

 

だからもう、校正紙だけをみて、あれこれと改善点のお願いを伝えていきます。

「マゼンタを5%減らして、シアンを13%増やしてください」てなふうにビシッと言えればかっこいいのですが、そんな自信はないので、責任逃れのように「地平線に近い夜空は街の明かりをほんのりと反映した色で」とか、「このグラデーションの濁りを少なく」とか、「もっとおいしそうな色で」とか、かなり抽象的な言葉で…。


ああ、なんてテキトーなことしか言えないんだろー。

ちゃんと伝わるのかしら。

毎回、不安になります。

しどろもどろの注文を、編集者が文章化して赤ペンで描き入れ、印刷所の営業担当さんに伝え、その方が現場の職人さんに伝えてくれます。

糸電話の伝言ゲームみたいに、あやうい。

 

でもね、ふしぎと、わかってもらえるものです。

わたしたちが、こういう色にしたいと思ったきもちを、ちゃんと受けとめて形にして返してくれる人がいる。

お会いしたこともない職人さんたちは同志なのだと、じんわり温かなきもちになります。

 

 

 

本日のおやつは、黄色いくだもの+紅茶のアガーゼリーでございました。

ひんやりスイーツしか作る気になれなくて、配色だけプリンカラーでごまかしました。。

 

あけぬ夜はない。

おわらぬ夏はない。(はず)

 

みなさま、どうぞご自愛くださいませ。

 

 

 

 

 

がんばれ かぼちゃプリン

 

わたしと編集者Yが気仙沼でプリンちゃんアラモードをたべていた頃。

プリンちゃんの画家 たかおゆうこは手首の腱鞘炎とたたかいながら、血走った目でパソコンをにらみ、画像データ作成をしていました。

 

そして本日。

そのデータを理論社のプリンターで印刷したものを、各自べつの場所で読みながら気づいたところを指摘しあうメールが怒涛のようにとびかっています。

印刷所に入稿する前の大騒ぎは、いわば 8月31日の小学生状態。

わたしはまだ気楽な立場なので、こんな記事をかいていますが、編集者Yとたかおさんは毛がツンツン立っていますねえ。(^o^)

 

何ページのプリンちゃんの脚のすみに別の色が3个泙犬辰討襪茲箸、ほっぺの赤みが濃すぎるから薄くしてとか、文章の位置は10弍Δ3于爾砲困蕕靴討箸、タイトル文字は部分的に95%にしてとか…。

重箱の隅を楊枝でつつくような細かい指摘から、頭を抱えてしまうような大きな直しまで。

 

画家でなければどうしようもない部分が多いので、たかおさんの眼精疲労と腱鞘炎はまだ続きます。

たいへんねえ…と思っていたら、さいごのページの文章、もうちょっと考えてくださいって打ち返されました! ひえ〜。

 

でも、こんな土壇場修羅場のアドレナリン祭りは、きらいじゃありません。

絵本がみるみる結晶化していくのをみるような。

 

もっか最大の悩みは、表紙の色。

秋のかぼちゃ祭りの話ですから、かぼちゃオレンジにはきまっていますが、じつはオレンジ色って、印刷でもっとも難しい色のひとつです。

既刊本の4冊と並べて心がうきたつようなお似合いカラーにするためには淡いオレンジシャーベット色がいいと思うのだけど、プリンちゃんの色に近づき過ぎると、プリンちゃんが沈んでしまいます。 うーむ、この写真でみると濃い色のほうがいいかも。

でも重たい印象になっちゃうかなあ。うーむ。

 

そうそう。

プリンちゃんのうた 五番は、ちゃんとできましたよ。

フライングで紹介しちゃいましょう。

メロディをご存じの方は、歌ってみてください。

   

   おかしの くーにの ドキドキハロウィン

   おかしを くれなきゃ

   いたずら しちゃうぞ! おばけだぞ!

   イチバンニバンサンバンヨンバン

   あれあれ おばけが ふえちゃった!?

   こわくて たのしい ウキウキハロウィン

 

紫の見返しに黄色い文字がすてきでしょう。うふっ。

悩んでいるといいつつも色遊びが楽しくてたまらない、プリンちゃん絵本です。

 

たかおさん、あと一息だぞ、がんばれ〜〜 (^o^)

 

気仙沼チヒローズ5 つづきの つづき

 

さて、チヒローズ一座は、気仙沼市の中心部に移動。

この春にオープンしたばかりの気仙沼図書館&児童センターで「絵本であそぼう」というイベントを行いました。

 

 

トップバッターは、石津ちひろさん。

幼い子むけの絵本の朗読と、なぞなぞを さらりと。

赤ちゃんから小学生、パパママ、年齢の高い方までと、年齢層が広がるとやりにくいものですが、石津さんはへっちゃら。

聴衆の表情をみながら、話の内容をくみたてていきます。

会場の空気がみるみるほぐれ、みなさん、にこにこ顔になっていきました。

 

 

つづいては、コヨセ&ナカガワ組。

やはり、おたすけこびと海にもぐるの図ですが、小さい方が多いので、あらかじめ切っておいた お魚を各自カスタマイズしてもらいました。

子どもたちだけでなく、ママにもパパにも、読み聞かせボランティアさんたちにも強引に参加してもらうのがナカガワ流です。(^_^;)

 

 

最初は渋っていた大人たちのほうが「もうおしまいの時間です」といっても、やめない…笑

ほら、とってもすてきな海中風景になりました。

 

 

そしてさいごは、やっぱりサメ!

なかのひろみさんと、担当編集者の山口さんがかぶっている「サメヘッド」を作ります。

 

 

でも、この2人がかぶっていると、農場の乳しぼりの娘のボンネットにしかみえないよねえ…。

正しいイメージは、こちらです。サメっぽいでしょう。


 

着用モデル & 製作者は、1日遅れでかけつけてくれた サメ絵本の版元社長氏。

(社名とお名前は、伏せておこう…)

 

なかのひろみさん考案のサメヘッド。

作り方は、とっても簡単。

A3の紙と折り紙が1枚あれば、すぐにサメになれますよ!

 

 

 

◆◆

 

ところで。

このすてきな図書館には、すてきなカフェが入っています。

この日の特別限定メニューは、じぶんで作るプリンちゃんアラモード!

 

かわいい女の子が注文していたので、むりやり再現写真をお願いしました…。(^_^;)

 

 

プリンちゃんと、おいしいきせかえパーツが、はこばれてきます。これで580円!

 

 

あなた好みの プリンアラモードひめにして、たべてね。えへっ。

 

 

イベント終了後のチヒローズ一座が頼んだスイーツも、もちろん、これ。

カフェの壁に貼ってある マグネットシートのプリンちゃんも、きせかえ欲(?)を刺激します。

 

 

 

たべる前に、ならべて撮影。

コクのある卵プリンは、まさにイメージどおり。きせかえパーツの味のバランスも大変けっこうでした。

味といい、美しさといい、私たちがプリン会議でつくったプリンアラモードとは、やはり違うなあ…。

 

 

いっぽう、甘いものには興味のないコヨセさんは、黙々と図書館のガラスにお絵かき。

あ、もちろん、許可をいただいてますよ!

 

 

緑を背景にスキップする こびとたち。

 

 

明るく開放的で、センスのよい図書館なので、毎日だって通いたくなってしまう。

児童センターも併設のため、子どもたちの明るい声がひびきます。

気仙沼図書館長の熊谷英樹さんが、しみじみと語ってくださいました。

「こんなにたくさんの子どもや若い人がいるんだなあと思いましたね。

 こういう場所ができたのは、ほんとうによいことじゃないでしょうか」

 

そういえば、プリンちゃんアラモードのカフェの名前は、エスポアール。

フランス語で「希望」という意味ですね。

 

旅のしめくくりにふさわしい 心弾むひとときでした。

 

(巡業報告は、これでおしまい)

 

気仙沼市本吉図書館FBでも、詳しく紹介してくださっています。

過去のチヒローズ2と3の様子もみられるので、よろしければ、ごらんください。

https://www.facebook.com/pg/mt.tosho/photos/?tab=album&album_id=1083794315105128

気仙沼チヒローズ5 つづき

 

ということで、子どもたちといっしょにお弁当をたべたら、午後は真剣に遊ぶ授業です。

 

コヨセ&ナカガワ組のテーマは「おたすけこびと、海へ!」

1年生7人と2年生11人をあわせたクラスです。

 

コヨセさんが、おたすけこびとの潜水船をかいているあいだに…

 

子どもたちは透明折り紙に、いろんな海の生き物をかいて、ハサミでちょきちょき…

 

両面テープをつけて、コヨセさんの絵にぺたぺた貼れば、海のなかの景色のできあがり!

透明折り紙はセロファンより扱いがらくだし、重ねたときの色の変化がとても美しい。

水中のゆらゆら気分もでて「きれい!」という声があちこちから聞こえました。

 

子どもたちにハイタッチを求められたコヨセさんのうれしそうな顔といったら…w

 

 

石津ちひろさんは、3年生9人と4年生7人にむけて、図書室で詩と言葉の授業です。

「ことばの魔術師」と呼ばれる石津さん。

子どもたちからもらう「お題」で、やすやすと回文をつくって驚かせます。

 

ゆかいな言葉遊びで子どもたちをひきつけ、言葉への興味をかきたてたところで、

「目にはみえるけれど、さわれない。けれど、それを忘れなければきっと幸せになれるものって、なあんだ?」と、ひとりひとりにたずね、考えさせながら、ゆっくりと詩の世界へ導いていく手腕は おみごと。

 

「あなたにとって詩とは?」という問いかけに、「ねこをさわること」とこたえた子がいたんですって。すてき。


 

石津さんの詩「あした」は、チヒローズにとって、とても大切なものです。

言葉あそびのようでいて、心に しんと届くはず。

この詩を、毎回さりげなくおしゃれなデザインで模造紙にかいてくれるのは、チヒローズ2に参加してくれた装丁家の水真奈美さんです。

 

窓の外には、若緑の山。

こんな風景にかこまれていると、心も深呼吸できそう。

 

 

 

なかのひろみさんは、5年生7人と6年生9人に サメについて集中講義。

この組み合わせは、特別です。

なぜなら、なかのひろみさんは、海の生物のなかでもサメへの興味と愛がたっぷりで、とうとう「世界一かわいいサメの絵本」(本人談) をつくってしまった方。

しかも、その本『サメだいすきすいぞくかん』は、近日発売予定というタイミング!

現在、なかのひろみさんの血中サメ濃度は最高値なのです。

 

 

そしてほら、気仙沼といえば、サメでしょう。

フカヒレって、サメのヒレですからね。

市場はもちろん、ふつうのスーパーでも、サメ肉が売られています。

それどころか、図書館の前のスーパーで「活ザメ」すなわち生きたサメが売られていたと、司書の三浦さんが教えてくれました!

給食メニューにも「サメナゲット」があると、校長の田口綾子先生が教えてくれました!

おそらく気仙沼の子どもたちの サメ知識レベルは日本一。

しかも、今年の小泉小は「海洋教育」の指定校。

 

なかのひろみさんは、そんなサメ通の子どもたちも驚くトリビアなサメ知識の数々を紹介。

そのうえで、「サメ新聞」を作ることに挑戦してもらいました。

 

 

サメ新聞の台紙もいろいろ用意されていましたよ。

わかりやすい台紙見本は、サメ絵本のデザイナー 松永嘉子さんの特別協力。

おなじくサメ絵本のイラストレーター 友永たろさん特別協力のかきおろし4コマ漫画も!

高学年は国語で新聞について習うので、発展学習にもなりますね。

 

 

 

 

そういえば、後ろの席ではコヨセさんも黙々と新聞作りに参加していましたっけ。

 

…で、できた「新聞」が、これ。

うーん、なんかちょっと違う気も…(^_^;)

 

◆◆

 

にぎやかな教室の外には、津波の碑をつつむように、青い空と青い海、そして今なおつづく復興工事の風景がありました。

 

海を愛する子どもたちとすごせた時間は、宝物です。

 

(まだ つづきます)