北広島市図書館の読書まつり & 点訳絵本

 

北海道・北広島市図書館の読書まつりに呼んでいただきました。

 

なんと今年で39回目となる 子どもの本のお祭りだそうです。

140人のボランティアさんが何か月もかけて準備をするという、力のこもった催し。

 

なかでも特筆すべきは、「子どもスタッフ」の活躍でした。

今年は9人の小学生が夏休み明けから準備をしてくれたそうで、図書館につくと、カラフルなおたすけこびとたちが迎えてくれました。

 

  

 

館内、ひろいっ。

さすが北海道…。

そして子どもの本スペースには『きょうりゅうのたまご』の地下トンネルが!

 

もちろん、さっそくトンネルに入りましたよ。

懐中電灯の明かりをつけて入っていくと、恐竜の骨が光るんです。

絵本にでてくる宝箱があって、なかには黄金の冠と、剣が〜!

 

 

そして、出口付近で、きょうりゅうの卵と あかちゃんきょうりゅうに出会います。

近くにいた子どもたちは、もう何回も出たり入ったりしたそうです。

そりゃあ、入りたくなるわ。わたしは一回でがまんしたけど。(^o^)

 

 

午前中は一般の方にむけて子どもの本のお話を、午後には子どもたちと「あそび場絵本」と題して『プリンちゃん』と『おたすけこびと』のワークショップを行ってきました。

 

今回はじめて、おたすけこびと指輪を有効利用しました。

(いやなに、「おたすけこびとのにちようび」の帯についている絵を点線で切っただけです。

いやじつは、切ったり貼ったりは司書の太田小華さんや、ボランティアさんたちが夜なべでやってくれました…(^_^;)

 

 

館内のあちこちに飾られた装飾や、本への興味を促す掲示物やゲームなども、ボランティアさんたちの手作りです。

そのレベルが高くてびっくり!

ボランティアさんたちとの交流会や、子どもスタッフたちとの交流会など、盛りだくさんで楽しく、そして北海道の美味堪能の旅でした。

新谷館長、お招きをありがとうございました。

 

では、自慢のお土産を披露いたしましょう。

 

『天使のかいかた』の消しゴムハンコ!

館内での読書ゲームにつかわれていたものです。

細い線で、作者が納得できる主人公の表情を再現するのってむずかしいんですよ。

江戸浮世絵の彫り師並だ…と口をあけて感心していたら、プレゼントしてもらえました。

えへっ、うれしい…。愛用します。

 

 

そして、「プリンちゃん」の点訳絵本!

点訳ボランティアさんたちの部室や設備も見学してきました。

点字を そっと指でなぞって、その繊細な世界におどろいています。

絵の部分にもシートが貼られていることに、またびっくり。

百聞は一見…ではなく、一触にしかず。

 

 

そうそう。

点訳絵本といえば…。

いっしょにおいでよ』の編集者 ほそえさちよさんや、スペイン語の子どもの本の翻訳者 宇野和美さんたちが力をあわせて、メキシコ生まれの点訳絵本を日本で出版しようとしていることをご存じですか?

 

 

タイトルは『色についての黒い絵本(仮題)』。

まっ黒な紙に透明インクの凸凹で絵が描かれていて、なんとテーマが「色」なのです。

目のみえない男の子が色をどう感じているかを表現した絵本だそう。

たとえば青という色は、晴れた空をみあげて、お日さまが頬にあたる温かさなんですって…。

 

メキシコで生まれたこの本は、すでに15か国語に訳されていますが、日本ではまだ。

制作費がとても高いからです。

そこで、クラウドファンディング!

 

目標額は350万円。

現在の支援総額は196万円で56%。タイムリミットまであと二週間…。むむむ。

 

千円から参加できるので、みなさんも、ぜひ !

「色」を五感で思う素敵な絵本を日本語にしましょうよ。

 

クラウドファンディングのページへは、こちらから↓

https://greenfunding.jp/thousandsofbooks/projects/2416

 

 

 

おかえり、 おおかみ!

 

「おおかみの おなかの なかで」

5月に訳文とデザインのデータをイギリスの出版社に送ったものが、本のかたちになって、日本に戻ってきました。

コープロといって、数ヶ国語ぶんをまとめてコストの安い地球のどこかで共同印刷&製本するグローバルシステムなのです。

 

おおかみよ、おまえは どこで本にしてもらったんだい?

へえ、中国大陸かあ…。

地球をぐるりとまわって、おかえりぃ…ってかんじ。

 

でも、中身の本だけの裸んぼなので、ジャケットを着せてやらねばなりません。

英語のジャケットは、表紙カバーのこと。

資源の無駄という考えもありますが、流通や店頭で表面が傷んでしまった場合も、新品のジャケットに着がえて再出発できるのでエコだという話も…。

 

というわけで、ただいま、日本製のジャケットと帯をオーダー中でございます。

クチュリエの森枝雄司さんが仮縫いをしてみせてくれたジャケットに、小島範子編集者も、わたしも文句なし。

 

でも、帯で迷ってしまいました。

はじめにすすめられた三本の帯はどれも素敵で、じゅうぶん合格点。

さんざん目移りしたあげく、表紙絵を色硝子ごしに透かしたような帯にきめました。

晩秋の森で、雨にぬれた紅葉をみつけたよう。

文字を読みやすくするために、さりげなくグラデーションがかけてあるのもニクい。

 

いいものを見せてもらうと、欲がでてしまうものですよね。

あれこれ贅沢をいったら、森枝さんはすぐに改良案を作ってくれました。

 

どこがどう違うか、わかりますか?

色はもちろん、文字の書体や大きさ、並べかたなどが ちょっとずつ違うのですよ。

まるで百貨店のベルト売り場みたいでしょう。

「どれもベルトじゃ〜ん」と言うなかれ。

しばらくみていると、目が肥えてきて銘品がわかるものでございます。

そして銘品はやはり、お召しになる方(この場合、本、ね)の魅力をさりげなく、そしてキラリと引き立ててくれるものなのでございます。

なにせ、帯のミッションは、出会いがしらの一瞬に目をとめてもらえるか、さらには、手をのばそうと思っていただけるかの真剣勝負。

 

 

たかが本の帯。

されど、本の帯。

本を買っておうちについたら、ぺろんとはがして捨ててしまう物でしょうが、舞台裏では、こんなに一生懸命です。

 

 

ちょっと早めのプリンハロウィン 

 

わたしの机の上。

ときどき、じぶんの仕事が よくわからなくなります。(そもそも仕事という意識がないのだ)

が…、たのしい…。

 

できたよ〜♪と、自撮りパチリ。

 

   

 

衣装もカボチャプリン色にして…

 

 

 

めざしたのは、魔女おばけに仮装した プリンちゃん。

 

 

 

でもね。

通常業務を放擲して工作にいそしんでいたのは、わたしだけではありません。

その同じころ、たかおさんも、チクチク…。

 

 

 

たかおさんが めざしたのは、ラブリープリンちゃん。

 

 

 

 

さて。

こうして迎えた神保町ブックハウスカフェでのプリンハロウィンイベントの当日。

台風一過で お日さまギラギラ、ハロウィンの冷気にはほど遠く、気温は31度。。

 

そこに汗をふきふき、版元社長氏 (社名は秘す)が突然あらわれる。

あらかじめわかっていれば、フランケンシュタインの衣装をご用意いたしましたのに…。

「えっ、ボクも仮装するの!?」と一応は驚きながらも、ためらうことなく、まわりから勧められたかたちで カボチャ大魔王に変身。

通行人の注目を浴びつつ、お店の正面に設営中のお菓子ポイントで、そわそわと子どもたちを待つ…。

 

 

編集者Yも、草間弥生を意識して購入したという紫タマネギみたいなかつら持参で登場し、お菓子をわたすリハーサル。

たかおさんはスカートも靴下も、かぼちゃオレンジ色。

このあと、フェルトで作った大きなクッキーと飴ちゃんのブローチも装着。

(どうしてもラブリー路線に変身したいらしい。なんたって素が、まんま魔女だからね…)

 

 

営業ガールの河野真美さんも、猫耳としっぽをつけ、ほっぺに猫ヒゲをかいて、店内最奥のお菓子スポットで待機。

部屋をまっくらにし、スマホの灯りで顔を下から照らしていたから、かなりコワイ…。

 

 

そして、子どもたちがやってきました!

なんと、オレンジ色のハロウィンドレスと とんがり帽子できてくれた子もいましたよ。

うれしくなっちゃう♪

みんなで じっくりと絵本を読んだら、さあ、チョキチョキ、ぺたぺた、工作開始!

 

 

まずは、頭にかぶるプリンちゃんを変身させます。

おばけプリン、かぼちゃプリン、ねこプリン、海賊プリン、天使プリンもいるよ〜。

 

 

こんなプリンちゃんも発見。ふふふ。

 

 

あたまプリンちゃんができたら、

つづいて、黒いポリ袋(45L)に、もっと ぺたぺた…

 

 

黒い袋についている ヒモを きゅーっとひっぱると…

(あらかじめ、営業ガール河野が袋のはしを折り返して両面テープでとめ、紐をとおしておきました。おうちでやっても簡単ですよ)

 

 

あっというまに、ハロウィンマントの できあがり!

 

 

いっひっひ。たのしいよねえ…(^o^)

 

変身したみんなで 行列ぞろぞろ…

 「Trick or treat !   おかしくれなきゃ、いたずらするぞ!」

プリンちゃんの歌もうたいながら、お店のあちこちに設置したポイントをまわり、お菓子をもらいました。

(カボチャ大魔王は「おかしあげないで、いたずらしてもらおうかな〜」などと想定外の発言をして、子どもたちを困らせておりましたが…)

 

 

サイン会も終わり、子どもたちが帰ってから、プリンチームで記念撮影をしました。

わたしたちが隠しちゃっていますが、このコーナーには原画が二枚飾ってあります。

サイン本もすこし余分に作ってきましたので、まだ何冊かあると思います。

プリンちゃんのハロウィンに どうぞおでかけください。

 

 

それにしても、編集者Yは紫タマネギのかつら似合いすぎだわ。〆切の恐怖が増しそう。

これで打ち合わせに現れても驚かないよ。

驚かないといえば、こんな格好で店内の絵本を立ち読みしていても、ブックハウスカフェのお客さんは いたって平静でした。

このお店には、しばしばふしぎなことが起きるので慣れているのか、そもそも、ふしぎを受け入れられる人たちばかりが お客さんなのか…。

どっちにしても、よいことじゃ。うむ。

 

 

 

子どもたちの魅力的な表情の写真、三枚。

どこからも苦情はきていませんが、あれこれ考えて削除しました。

でも万一、「あらぁ、うちの子の写真、そのままにしてほしかったのに〜」という方がいれば、こっそりコメントください。(^o^)

 

ゴッホの星空 そして夜の嵐

 

ゴッホ絵本のタイトルが確定し、デザインがきまりました。

 

原書は メインタイトルが  "Vincent Can't Sleep " で、副題が "Van Gogh Paints the Night Sky" でしたが、ひっくりかえしました。

だって、いきなり『フィンセントはねむれない』じゃ睡眠障害の本みたいだし、そもそも、フィンセントって誰だか、すぐには わからないですもんね。

そしてこの本では「星月夜」という絵が鍵なので、「夜空」ではなく「星空」にしました。

 

日本語版のタイトル文字は、森枝雄司デザイナーの手作り。

森枝さんは、既存のフォントでも描き文字でもない字を作ってしまう名人です。

副題や著者名も 絵のムーヴマンにあっていて、おもしろいでしょう。

森枝さんて、青い本のときに、とくにうまいので、わたしは「青のデザイナー」と呼んでおります。

 

あ…。

副題が「フィンセントは ねむ…ない」になってるのは、ちょっとしたアクシデントね。

この段階では、こんなことも、まま起こります。(^_^;)

 

それはともかく、いったいなぜ「フィンセントは ねむない」のか?

 

ゴッホときいて多くの人が思いうかべるのは、ひまわりやアイリス、麦畑など、明るい陽ざしの中の昼の絵ですよね。なんたって炎の人ゴッホですから。

ところがこの本の著者によれば、ゴッホは昼ではなく、夜の人だったというのです。

 

フィンセント・ファン・ゴッホは、子どもの頃から夜中に家をぬけだして、広大な荒れ野を一人でずんずん歩くのがすきだったそうです。

9歳か10歳のときに6マイルも離れた隣国ベルギーまで歩いていってしまったことも。

嵐の夜には、ことのほか心がおどったとか。

もちろん両親はきつく叱りましたが、フィンセント少年にとっては、荒々しい自然の息吹を肌で感じることが 無上の喜びだったようです。

たしかに夜は美しく、神秘にみちています。

 

もっともフィンセントが「ねむれなかった」のは、そうした心浮きたつ理由だけではなく、昼間の社会に居場所がみつけられなかったからでもありました。

焦りや不安、怒りは、ひとを安眠から遠ざけます。

フィンセントの人生は、ねむれぬ夜の連続でした。

 

「星月夜」は、わたしがもっとも好きなゴッホの絵ですが、死の一年ほど前に、鉄格子のはまった精神病院の病室でねむれぬ夜をすごし、朝になると、医師の許可を得て階下の画室に降りていって描いた絵だそうです。

 

 

 

今夜は台風24号が日本を走り抜けます。

記録的な暴風雨になるとのことで、なんだか胸がざわざわします。

ゴッホが魅了された自然の壮大な力を見せつけられることになりそうですが、どうか被害がすくなくてすみますように…。

 

 

はたこうしろうさんと

 

ここは、はたこうしろうさんのアトリエ。

はたさんと作る オリジナル絵本の打ち合わせ中です。

 

十年くらい前から、犬の絵本をつくりたいものだと思っていました。

当時のわたしは、犬にむちゅうだったから。

でも、夢中の渦中というのは、うまくいきません。 文章を書くことは、後ろ向きの行為だからでしょうか。

 

犬との暮らしが終わってしまい、ぽっかり空いた心の穴がそれなりにふさがってきたころ、からりと明るく、スパイスたっぷりの絵本の構想がうかびました。

いいえ、スパイスどころか、じつは 諷刺絵本。

えっへん、諷刺絵本に 初挑戦だぞっ!

 

絵本にとって、文と おおまかな構成は、背骨です。

けれどもちろん、たいせつなのは肉付け、すなわち絵。

絵本の魅力はやはり絵ですもんね。

 

わたしがじぶんで絵をかくという選択肢もゼロではありませんが、それはあくまで「こういう本になってほしい」という理想と、わたしに描ける絵が合致したときだけ。 

(つまり、理想的な絵をかこうと努力は…しない…(>_<)ゞ

 

今回の場合、わたしの意中の人は、はたこうしろうさんでした。

一方的に思いを寄せても面識はありません。

仲人をたてて、正式にお話をまとめてもらわなくてはなりませんね。

ところが、仲人(=編集者)の山浦真一さんは唸りました。

 

「え、はたさんがいいの? うーむー、はたさんかぁ」

超多忙のはたさんのスケジュールに割り込めるかと大いに悩んだようです。

 

でも、めでたく快諾のお返事! うれしかったなあ。

これでもう半分できたようなものだと、ひとりウハウハ笑いました。

(ニヤついていたときの記事が、こちらでございます)

 

しかしもちろん、そう簡単にはいきませぬ。

なにせ、この本は文章と絵の乖離がとても大きくあるべきなのです。

文と絵の雰囲気も、まったく違うものでなければならない。

短い文章の裏で わたしが何を考えているか、それを はたさん流の味つけでどのように料理していただきたいかを伝えるために仕事場に通いました。

 

わたしが ぺらぺらくどくど喋りたてると、はたさんは、ささっと手を動かして「つまり、こういうこと?」と絵で答えます。

うまい! おもしろい! やっぱり はたさんに頼んでよかった!と思うことは多いけれど、そ、それはちがう…とか、ああ、言葉が通じないと しおたれることも…。

 

でも平気。むしろ妙味。

だって、おとぎ話的ハッピーエンドはただの通過点で、じつはそのあと色々あるのがオトナの人生ですよね〜。

ぐるぐる がたぴし ぎくしゃくしているうちに、思いがけない名案がうまれて、絵本の幅と奥行きが広がります。もうね、そのぶん面白い本になること、まちがいなし。

 

とまあ、そんな打ち合わせの3回目を行ってまいりました。

窓の外の柿の木に、青い実がなっていたっけ。

あの実が熟すころには、絵ができるかしら…。

ほかの仕事が目白押しのようだから、ヒヨドリに全部食べられちゃったあとかも…。

いや、木枯らしの冬も越すんだろな…。

新芽がでるまえには本ができるといいなあ…。(遠い目)

 

そらは あおくて

 

女の子が、古いアルバムを見て、おかあさんにたずねます。

 

 「このこ、おかあさんなの?」

 

写真のなかの子は、女の子によく似ているのですが、服装も髪型も部屋のなかも、ちょっと ヘン…。

 

 「おかあさんが こどものころって、いまと なんだかちがうのね」

 

すると、おかあさんは こたえます。

 

   「そんなこと ないわ。

  たいせつなことは すこしも かわっていない。

  そらは あおくて、くさは みどり。

  ゆきは しろくて つめたくて、

  おひさまは まぶしく あたたかい。

  いまと おんなじだったのよ」

 

女の子は、もっと古いアルバムを手にとります。

おかあさんのおかあさん、つまり おばあちゃんの子どものころの写真が貼ってあるのです。

もっともっと古いアルバムには、ひいおばあちゃんの子どものころの、セピア色の写真が貼ってあります。

 

どれもこれも、女の子には今とちがうように見えるのに、おかあさんは くりかえし、うたうように こたえます。

 

 「くらい へやの おふとんの なかで みみを すますと、

  きこえてくるのは とけいが チクタク うたう おと、

  かいだんの したの おとなたちの はなしごえ、

  まどの そとで はっぱが かぜに そよぐ おと。

  ほら、いまの あなたと いっしょでしょう」

 

そしてさいごに、未来へむけても、おかあさんは確信をもって言いきります。

 

 「いつだって、

  そらは あおくて、くさは みどり。

  ゆきは しろくて つめたくて、

  おひさまは まぶしく あたたかい。

  たいせつなことは いつまでも かわらない」

 

その言葉は、明るく鋭い祈りのよう。

愛しい子どもたちのために、世界の美しさと喜び、そして安らかさが永遠に変わらずにありますようにとの強い意志が、女の子をしっかりとつつむのです。

 

 

アメリカ黄金期の古典絵本を多く手がけたシャーロット・ゾロトウが 1963年に発表した絵本のテキストですが、日本では翻訳されていません。(原題は "THE SKY WAS BLUE")

このたび、杉浦さやかさんに絵をお願いして、出版することになりました。

(売れっ子の杉浦さんに数多の仕事をかきわけて絵本に集中する時間をとっていただいたため、2年以上かかりました〜。

 編集の吉田亮子さん、おつかれさま。あともう一息!)

 

主人公の女の子をふくめて、おかあさん、おばあちゃん、ひいおばあちゃんと、4世代の女の子の日常がえがかれます。

服装や、お人形、室内の小物など、杉浦さんならではの細やかなこだわりが楽しい。

青空色のお人形柄見返しも かわいいでしょう。

 

4世代の女の子たちはよく似ていますが、杉浦さやかさんによれば、

「わたし」は、おしゃまさんで、「おかあさん」は、おてんば、「おばあちゃん」は、あまえんぼで、「ひいおばあちゃん」は、しっかりまじめっ子…なのだそうですよ。

右下の表紙レイアウト紙に、紫フリクションでかきこんじゃいました。

みなさんも、ご確認くださ〜い (^o^)!

 

 

 

ハロウィンの告白

 

『プリンちゃんのハロウィン』初刷り見本につづいて、10年前に出版した『おばけのジョージーのハロウィーン』の増刷見本が送られてきました。

 

むむむ。

やはり、告白せよということか…。

よろしい。たかおさんにも、編集者Yにも話したことのないことを、ここに記しましょう。

 

新作『プリンちゃんのハロウィン』では、おかしの国のプリンちゃんが友だちのドーナツくんとマシュマロちゃんと三人で仮装をして夜の近所をまわるのですが、そのあとをこっそりついてきたのは……小さな おばけちゃん。

みんながおばけの仮装をして練り歩き、おかしをもらう様子をみて、じぶんも参加したくなったんですって…。(^o^)

 

…という、かわいいお話をかいたのは、このわたくしですが (オッホン)、

じつは、『おばけのジョージーのハロウィーン』が元ネタなのであります (てへっ)。

 

まあ、正確にいえば、おばけのジョージーは村の広場で行われた仮装コンテストに、うまれたままの(?)姿で参加して上位入賞をねらうものの、子どもたちに注目されたとたん、はずかしくなって逃げだしました、というお話です。

そのあとジョージーが、じぶんの家の屋根裏部屋でひっそりしたことが、とてもかわいい。

ジョージーは、はずかしがりやの小さなおばけなのです。

 

物語のはじめのほうに、

 

  ハロウィーンの よるになると、ジョージーは、

  こどもたちのあとから  こっそり ついていきます。

  けれども、こどもたちが よそのいえのベルをならして おかしをねだりはじめると、

  ジョージーは はずかしくなって かくれてしまいます。

  だから、ジョージーのすがたは だれにもみえません。

 

…とあります。

この文を訳したときから、わたしは子どもたちのあとをこっそりついてくる小さなおばけの姿を思い浮かべるようになりました。

 

だって、ジョージーは、とてもはずかしがりやだから気づかれなかったかもしれないけど、おばけの性格もいろいろでしょう。

なかには、つい調子にのってカミングアウトしちゃうおばけもいるかもしれないじゃありませんか。

 

ということで、そんなお調子者のおばけちゃんに、プリンちゃんたちがびっくりした場面が、上の「え〜〜〜っ!」です。ふふふ。

 

おばけのジョージーシリーズは、絵本から読み物への橋わたしにぴったりのシリーズです。

文字をひろいながら、絵を味わいながら、ゆっくりと長い物語の世界にむかう子どもたち、とくに こわがりさん、人見知りくん、はにかみちゃんにおすすめです。

 

 

 

むむ。

あらためて、ジョージーのときに書いたあとがきを読むと、思っていた以上にプリンハロウィンの構想の骨格がしるされておるな。

やはりプリンハロウインを出版することは運命づけられていたと満足すべきか、はたまた、進歩のなさを嘆くべきか…。

 

 

プリンで乾杯!

 

9月です。

もう秋です。(たぶん)

『プリンちゃんのハロウィン』ができあがりました!

 

編集者Yが届けてくれた見本は、刷りたてほやほや。

そっと鼻をくっつけてインクの匂いをくんくん。

ああ、ほんとにできたんだな…と、しみじみします。

 

表紙の色で迷ったことがウソみたい。

このこっくりとした かぼちゃ色以外、ありえないのに。

ちゃんと正解にたどりついていたねえと、頷きあう幸せな瞬間です。

 

 

じつは、わたしにはたいへん困った性癖がありまして、本ができあがったとたん、背を向けたくなってしまうのです。

一心不乱に力を注いだ本であればあるほど。

むかしより だいぶマシになりましたが、ひどい場合は、出版社から届いた見本の包みをあける気力もないほどに。

打ち上げの席でも、本の話題をつとめて避けようとするので、編集者に苦笑されます。

 

おほめの言葉をいただいても「むりにお世辞をいわなくていいですよ」と むっつりしてしまい、ほんのわずかでも「あそこが○○だったら、もっと良かったね」というようなことを耳にすれば、世界が山崩れしたかのごとく打ちのめされてしまいと、まことにややこしい。

我ながら馬鹿馬鹿しくなりますが、このナーバス期は一定の時間がたつと突然終わります。

霧が晴れたように長所も短所も冷静にみえてくるので、いわば本を作る病(?)の最後の発作のようなものかと諦めております。

 

 

でも、プリンちゃんシリーズには、それがまったくありません!

(おたすけこびとシリーズにも、ありません!)

 

愛がたりないのかしらん?

絵本の最終責任は絵描きにあると考える お気楽さゆえかしらん?

いえいえ、文章の目、絵の目、編集の目、そして読者の目を、チーム内でとりかえっこしながら、ためつすがめつ、とことん手間をかけて作りあげた自負があるからだと思います。

 

そんなわけで、赤羽にあるプリンの有名店「豆電COFFEE」にて、プリンで乾杯。

われらが主人公プリンちゃんとおなじく、愛情たっぷりに作られた素朴な健康優良児プリンを、晴れやかなきもちでいただきました。

(その後は、そっち方面にくわしい編集者Yの案内で、夜の赤羽の居酒屋街へ………。)

 

 

『プリンちゃんのハロウィン』。

9月6日から書店にならびはじめるそうです。

 

 

「きみ」と「あなた」のドジョウ問題

 

エミリー・ウィンフィールド・マーティンという若い作家の絵本を訳しています。

原題は “The Wonderful Things You Will Be” 。

 

生まれたばかりの赤ちゃんや 幼い子どもの瞳をのぞきこむと、はっとします。

なんとまあ、綺麗で、ういういしいのかと。

この子はいったい どんな人になるのだろうと思いめぐらし、時がとまってしまう。

その描写からはじまる本書は『ちいさなあなたへ』や『たくさんのドア』とおなじように、育ちゆく子どもたちへの応援歌です。

 

表紙をめくると、本を贈りたい子どもの名前をかく欄がありますが、まずは、大人がじぶんのために読む本だと、わたしは思っています。

もちろん、ときには大切な子へ、語りかけるように読んであげるのもいいでしょう。

子どもたちはなによりも、読んでくれる人の声のあたたかさや微妙なふるえを深く味わい、そのひとときをいつまでも忘れないはず。

 

 

…とまあ、そういう本をめざして、翻訳者として、ぐるぐるとぐろを巻いておりました。

文章の少ない、詩のようなテキストでは、全体のトーンを決めるのがもっとも大切。

そのためには、人称代名詞をどうするかが大問題。

なるべくさりげなく、おいしいお水のようにひたひたと読者の心に届いてほしい。

とすれば、さて。

語り手が子どもたちに呼びかける“You” は、「きみ」とすべきか「あなた」にすべきか。

 

かわいい絵だけど、ちょっぴりダークな隠し味があるし、母親目線だけでなく、父親目線の本でもあるので、「きみ」でいってみようかな…。

先生や親戚、ご近所など、子どものまわりのいろんな大人の言葉にもふさわしいだろうし。

 

  この せかいに

  やってきたばかりの きみは

  これから どんな

  すてきなことを するのだろう

 

タイトルも『みらいの きみに』にしてみようかしらん。

うん、すっきりクールにまとまった。よしよし、わるくない (^o^)!

 

 

ところが…。

担当編集者である平沢拓氏は、むむぅ…と渋い顔。

「おかあさんたちの殆どは、じぶんの子どもを『きみ』とは呼ばないですよね。

日常的にはもちろん、心のなかでも、どうなんでしょう。

ぼくにも1歳の息子がいますが、なんだか距離感があってなじめません」

 

あらぁ〜。

若い父親目線からも否定されてしまったのです。

 

 

………ええ、そうなんです。わかってるんです。

告白します。

「あなた」ではなく「きみ」にしたのには、不純な理由がありました。

思いがけずにけっこうヒットしてしまった拙訳『ちいさなあなたへ』や『たくさんのドア』から、なるべく違うものにしたかったのよ……(>_<)

だって、まるで2匹目、3匹目のドジョウ狙いみたいですもーん。よよよ。

 

わたしのその姑息な動機に一定の理解を示しつつも、平沢氏は穏やかに粘り強く、さまざまな角度から説得にかかってきました。

「カクカクの理由からも、シカジカの理由からも、この本のことだけを考えれば、やはり『あなた』がふさわしいのではありませんか」

 

えーーーん。

わかったよー。

 

というわけで、潔くひらきなおることに決めました。

ドジョウシリーズだと思われてもかまいません。

「あなた」でいきます。(キッパリ)

 

タイトルも『みらいの きみに』ではなく『いつか あなたが おおきくなったら』にします。

もー、あともどりできません。

装丁の水真奈美さんに原稿わたしちゃいましたからねっ! (鼻息荒)

ついでに言っちゃうと、水崎さんは『ちいさなあなたへ』と『たくさんのドア』の装丁家ですからねっ! (ほとんど捨てゼリフ)

 

 

まあね。

翻訳者がチマチマ悩んでも、絵本の世界は、さほどゆるがないものです。

エミリーの独特の絵でかたちづくられる ちょっと不思議な世界は不動です。

そして、さいごのほうで子どもを見守る大人たちに問われる「覚悟」のようなものは、読者がきっとうまく掬いとってくださることでしょう。

 

 

 

ゴッホ おすすめ

 

ゴッホの絵本、"VAN GOGH PAINTS THE NIGHT SKY : Vincent Can't Sleep"。

ゆるゆると翻訳をすすめています。

 

フィンセント・ファン・ゴッホが画家になるときめたのは27歳のときです。

37歳で亡くなったので、画家としての活動期間は、わずか10年間。

では、その前は何をしていたのかというと…。

 

牧師の家の長男として生まれたフィンセントは、花や虫や鳥がだいすきな観察力の鋭い少年でした。

でも、かんしゃくもちで気むずかしく、両親にとっては扱いにくい子だったようです。

成績優秀で学費の高い寄宿学校に入学しますが、環境になじめずに15歳で中退。

1年間ひきこもりののち、伯父が経営する大手画商グーピル商会にコネ入社します。

けれど接客業には不向きで、クビになってしまいます。

その後は代用教員をしたり、書店につとめたり、父のように牧師や伝道師になろうと必死に努力するも、ことごとく挫折。

 

いっぽう、フィンセントの4才年下の弟テオは、穏やかで人好きのする性格もあり、兄がしくじった場所で順調に成功し、若きエリート画商となります。

 

フィンセントのほうは画家宣言をしたといっても世間に認められたわけではなく、絵はまったく売れません。

その衣食住から絵の具代までの経費を払いつづけたのは、テオ。

有能な画商としてフィンセントの適性を見極め、絵のアドバイスをしたのも、テオ。

フィンセントと両親の激しい対立の調停役も、テオです。

 

フィンセントとテオ。

太陽と月ほどに対照的な兄弟ですが、根っこでひとつの存在だったのか、フィンセントが死ぬとテオの心身も折れたかのように半年後に亡くなっています。

 

 

……とまあ、翻訳作業そのものより、ついつい「資料研究」に吸い込まれてしまう私から、おすすめを三つ。

 

『ファン・ゴッホの生涯』(ネイフ / スミス著 松田和也訳 国書刊行会 2016)

細かい字の二段組み×上下巻。めちゃ長いです。超絶詳しいです。労作です。

身も蓋もないほど赤裸々に綴られるフィンセントの生涯は読んでいて辛くなりますが、この本のこと、わたしはたぶん一生忘れません。

 

『ぼくはフィンセント・ファン・ゴッホ』(林綾野 / たんふるたん 絵 講談社 2017)

小学生から読めるように、やさしい言葉でまとめられた伝記絵本です。

丁寧に資料文献にあたり、ちゃんと咀嚼されていることがよくわかります。

絵もいいですよ。あの写真や絵をこうまとめたかと感心するところが随所にあります。

わたしが翻訳中の絵本も、この本とならべて子どもたちに読んでもらいたいなあ。

 

『ゴッホ 最期の手紙』(コビエラ / ウェルチマン 2017)

125人の画家が、ゴッホの油絵タッチで描いたアニメーション映画。

ゴッホの油絵がうごきだし、ひそやかに語られる画家の人生に入り込むような ふしぎな体験が味わえます。

脚本としての魅力もあり、見終わったあとには悲しくも温かな余韻がのこりました。

 

 

いずれも、ここ一、二年の作品です。

そういえば、『ゴッホ 最期の手紙』の原題は "Loving Vincent"。

手紙の結びの言葉「愛をこめて」から作ったタイトルです。

生前のフィンセントは「愛」というものを扱いあぐね、報われることがありませんでした。

いま、多くの人びとが、こういうかたちで愛を返しているように思います。