ひとりになるために

 

きのう、上野の森のおまつりで、愛らしく賢げな15歳の少女からいきなり質問されました。

学校新聞の記事にするのだそうです。

 

「本をかいて、子ども達に伝えたいことはなんですか?」

 

メモ帳とシャーペンをかまえて ひたと見つめている まっすぐな瞳に、うろたえました。

だって、まわりはわいわいお祭り騒ぎ。ぱたぱたはためくテントのお店で、 八百屋のおばさんのような商人口で本をすすめまくっていたんだもの。

 

「そ、そりゃあ、えーっと、この世界には、いろんな楽しみや幸せがあるってこと…を伝えたい…かなあ…?」

…なんて、ありきたりなことを、しどろもどろに答えました。

突撃インタビューって苦手なんだよぉ。

 

少女、にっこりわらって、コクコクうなずく。

「なるほど。前向きに生きるヒントが、本にはいっぱい詰まってるってことですね」

 

それをきいて、ようやく、わたしにスイッチが入りました。

「あ、ちょっとちがう。

前向きでいられるときには、本は必要ない。

でもずっと前向きでなんか、いられないよね。

後ろ向きになって、もぐりこむために、本はあるの。後ろ向き、だいじだよ」

 

少女、ぽかんと口をあけて、目をぱちくりしながら、ゆっくりとうなずく。

「…わかります。…感動しました」

「え〜。ほんとにわかったのぉ? 感動なんか、したのお?」と、いじめるわたし。

「しましたよ! ほんとですよ!」とムキになる少女。かわゆい。

以後、まともなインタビューにならなかったにちがいない…ごめんね〜 (>o<)ゞ

 

 

写真は、その前の日にかいていた小さな水彩画です。

お世話になった方が遠くへいくというので、新たな門出のはなむけにと。

 

「天使のかいかた」のサインや水彩画にわたしが描く天使は、わりと、思いつめた表情をしています。

なぜなら天使というのは、ひとりきりのあなたを見つめているはずだから。

 

前向きにばかり、ことは進まない。

追い風がやんでしまったり。

どうにも力がでなくて、足が前に進まなかったり、しゃがみこみたくなったり。

じぶんだけ、おいてきぼりになったきもちになったり。

 

でも、そんな「ひとり」の時間を味わうことを、子どもたちにしってほしいと思うのです。

書き手のわたしは、ひとりの時間にもぐりこんで本をつむぎ、読み手のあなたは、ひとりの時間の水底で、それをうけとめ、もぐもぐと咀嚼する。必要なものをとっていく。

本とは、そんな地下茎のようなつながりです。

個人も年齢も、国も文化も時代もこえて、脈々と。

 

 

あ、それから。

わかってるよ、ちゃんと伝わったって。

でも、心が大きく動いたときこそ、「感動」のような大袈裟な言葉は使わないほうがいい。

むしろ、おとなしく降参して、ことばをなくしてしまったほうがいい。

あなたのことばの内に充実を、そして、ほんとうの力をもたせるために。

あなたはきっと、ことばをつかえる人になるよ、ももかちゃん。

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