「きみ」と「あなた」のドジョウ問題

 

エミリー・ウィンフィールド・マーティンという若い作家の絵本を訳しています。

原題は “The Wonderful Things You Will Be” 。

 

生まれたばかりの赤ちゃんや 幼い子どもの瞳をのぞきこむと、はっとします。

なんとまあ、綺麗で、ういういしいのかと。

この子はいったい どんな人になるのだろうと思いめぐらし、時がとまってしまう。

その描写からはじまる本書は『ちいさなあなたへ』や『たくさんのドア』とおなじように、育ちゆく子どもたちへの応援歌です。

 

表紙をめくると、本を贈りたい子どもの名前をかく欄がありますが、まずは、大人がじぶんのために読む本だと、わたしは思っています。

もちろん、ときには大切な子へ、語りかけるように読んであげるのもいいでしょう。

子どもたちはなによりも、読んでくれる人の声のあたたかさや微妙なふるえを深く味わい、そのひとときをいつまでも忘れないはず。

 

 

…とまあ、そういう本をめざして、翻訳者として、ぐるぐるとぐろを巻いておりました。

文章の少ない、詩のようなテキストでは、全体のトーンを決めるのがもっとも大切。

そのためには、人称代名詞をどうするかが大問題。

なるべくさりげなく、おいしいお水のようにひたひたと読者の心に届いてほしい。

とすれば、さて。

語り手が子どもたちに呼びかける“You” は、「きみ」とすべきか「あなた」にすべきか。

 

かわいい絵だけど、ちょっぴりダークな隠し味があるし、母親目線だけでなく、父親目線の本でもあるので、「きみ」でいってみようかな…。

先生や親戚、ご近所など、子どものまわりのいろんな大人の言葉にもふさわしいだろうし。

 

  この せかいに

  やってきたばかりの きみは

  これから どんな

  すてきなことを するのだろう

 

タイトルも『みらいの きみに』にしてみようかしらん。

うん、すっきりクールにまとまった。よしよし、わるくない (^o^)!

 

 

ところが…。

担当編集者である平沢拓氏は、むむぅ…と渋い顔。

「おかあさんたちの殆どは、じぶんの子どもを『きみ』とは呼ばないですよね。

日常的にはもちろん、心のなかでも、どうなんでしょう。

ぼくにも1歳の息子がいますが、なんだか距離感があってなじめません」

 

あらぁ〜。

若い父親目線からも否定されてしまったのです。

 

 

………ええ、そうなんです。わかってるんです。

告白します。

「あなた」ではなく「きみ」にしたのには、不純な理由がありました。

思いがけずにけっこうヒットしてしまった拙訳『ちいさなあなたへ』や『たくさんのドア』から、なるべく違うものにしたかったのよ……(>_<)

だって、まるで2匹目、3匹目のドジョウ狙いみたいですもーん。よよよ。

 

わたしのその姑息な動機に一定の理解を示しつつも、平沢氏は穏やかに粘り強く、さまざまな角度から説得にかかってきました。

「カクカクの理由からも、シカジカの理由からも、この本のことだけを考えれば、やはり『あなた』がふさわしいのではありませんか」

 

えーーーん。

わかったよー。

 

というわけで、潔くひらきなおることに決めました。

ドジョウシリーズだと思われてもかまいません。

「あなた」でいきます。(キッパリ)

 

タイトルも『みらいの きみに』ではなく『いつか あなたが おおきくなったら』にします。

もー、あともどりできません。

装丁の水真奈美さんに原稿わたしちゃいましたからねっ! (鼻息荒)

ついでに言っちゃうと、水崎さんは『ちいさなあなたへ』と『たくさんのドア』の装丁家ですからねっ! (ほとんど捨てゼリフ)

 

 

まあね。

翻訳者がチマチマ悩んでも、絵本の世界は、さほどゆるがないものです。

エミリーの独特の絵でかたちづくられる ちょっと不思議な世界は不動です。

そして、さいごのほうで子どもを見守る大人たちに問われる「覚悟」のようなものは、読者がきっとうまく掬いとってくださることでしょう。

 

 

 

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