奮闘する鴨ママ

 

梅雨の晴れ間のある日のこと。

机にむかって仕事をしていたら、窓の外で、ガアガアと激しく鳴く鴨の声。

 

わけあって、わたしは鴨語に堪能なので、それが緊急警戒警報であることを即座に理解しました。

窓からのぞくと、住宅街のアスファルト道路を カルガモが疾走しているではありませんか。

大声で騒ぎながらも、飛ばずに走っているだけ。

 

どうしたんだろ。

まだ飛べない若鳥なのかしらと眺めていたら、そのあとを、猫が猛ダッシュで追いかけていきました。

 

↓この方です。

(過日、うちの庭の あけび棚に登ってキジバトを狙っていたのを窓越しに撮影。たぶん前科者)

 


 

猫に追われた鴨は翼をだらりと広げ、いまにも捕まりそうな格好でバタバタ逃げ回り、空き地の草むらに逃げ込みました。

もちろん猫も、草むらへ。

 

あちゃ〜。

つかまっちゃったかなあ。

わたしはハラハラしつつ、ようすを見に出ていきました。

 

草むらは、静まりかえっています。

断末魔の叫びもきこえなければ、鴨肉に食らいついている猫の気配もありません。

 

そのとき、ずいぶん離れたところから低空飛行の鴨がやってきて、わたしの頭上を旋回し、アスファルト道路に降りたちました。さっきの鴨です。

 

あららら、なんでまた舞い戻ってきちゃったの? 迷子?

ていうか、あんた、飛べたのね。なんでさっきは、飛んで逃げなかったのよ?

 

鴨は首をのばして、大きな声で鳴きました。

でも、私の質問にこたえたわけではありません。

ええ、わけあって鴨語に堪能な私は、これも即座に理解しましたとも。

 

通訳してさしあげましょう。

「クワクワクワクワクワ!? 」 すなわち「どこ? あなたたち、どこにいるの?」

 

すると、いくつもの声が一斉にこたえました。

「ピヨピヨピヨピヨ !」 すなわち「ここだよ、かあちゃん! ここにいるよ !」

 

 

道路脇の水路に、卵からかえってまだ数日のヒナが4羽いました。

 

どうやらさっきのペタパタ駆け足と、翼をひきずって逃げたのは、猫の興味をヒナたちからそらすための「偽傷行動」だったようです。

じぶんが傷ついたふりをして、敵をおびきよせる作戦ですね。

話にはきいたことがありましたが、本物を見たのは初めてです。

 

 

ヒナたちは愛らしい声で甘えます。

「ヒヨヒヨヒヨ、ヒヨヒヨヒヨ」すなわち 「かあちゃーん、こわかったよ〜」

 

鴨ママは、優しい声でこたえます。

「クウクウクウ、クウクウクウクウ」すなわち「もう大丈夫よ。さあ、いきましょう」

5羽そろって水路をすいすい泳いでいきました。

めでたし、めでたし〜!

 

 

 

…のはずだったのですが。

 

 

 

その数時間後。

近所の人たちが、水路をのぞいてうろうろしています。

幼稚園や学校帰りの子どもたちとママたち、登下校見守りのおじさん、おじいちゃん、おばあちゃんと、その人数は、増えるばかり。

 

しかし、みなさんの表情は暗い。

さっきより水路の水嵩が減っていて、4羽のヒナがU字孔から上がれないというのです。

ヒナが上がれないから、カルガモママもその場を離れずガアガア鳴いて、ヒナに見本をみせているのかU字孔を出たり入ったりを繰り返すばかり。

 

おそらくカルガモ親子は、水量が豊富な雨の日に、近くの田んぼから、どんぶらこっこと泳いできたのでしょう。

しかし現在、この水路の前にも後ろにも、ヒナたちが自力で上がれる場所はありません。

雨が降るまで待つ?

その前に猫かカラスの餌食になっちゃうよね…。

 

かくして、ヒナ救出作戦がはじまりました。

ブロックや板切れをU字孔の中に入れて行動範囲を狭めていき、足場用の鉄板で設置したスロープから、ヒナを上がらせる計画です。

全部のヒナを捕まえて100mほど離れた田んぼに放せば、鴨ママは後からついてくるはず。

 

共同作業で、わりと手際よく3羽のヒナを網ですくい、バケツに入れることができました。

ヒヨヒヨヒヨヒヨと大騒ぎだけれど、ごめん、ゆるして。

 

ところがこのとき、登下校見守りのおじさんが、たからかに叫びました。

「親もつかまえたぞ〜!」

 

カモとりごんべえ級の腕前に脱帽ですが、大人の野鳥にとって、どれほどの衝撃か…。(>_<)

虫採り網の中で暴れる鴨ママの翼を、おじさんが、むんずとつかむ。

きゃ〜〜〜やめて〜〜〜〜。野鳥の翼を折ったらアウト!

 

私はしゃしゃり出ていき、翼と脚をたたんで抱えこみ、かるく目を覆ってやりました。

こうすると、鳥は落ち着くのです。

諦めちゃうだけかもしれないけど、少なくとも無駄な消耗と怪我を防ぐことはできます。

 

ああ、一刻も早く田んぼに放してあげたい。

けれど残る1羽のヒナが逃げ回り、なかなかつかまりません。

 

鴨ママは、かぼそい声で クゥークゥーと囁くように鳴いていました。

「…みんなぁ、気を、たしかに、もつのよぉ〜 (といいつつ、鴨ママはもう気絶寸前)」

バケツの中の3羽のヒナも ヒィヨ ヒィヨ。「えーん、こわいよぉ。めそめそ」

 

4羽目のヒナをつかまえたのも、カモとりごんべえおじさんでした。お見事。

 

そしてようやく、田んぼにリリース。

 

親子は、どびゅーっ!と高速リニアモーターカーみたいに田んぼの水面をすっ飛んでいき、はるかかなたで、そろって水草をついばみはじめました。

 

やれやれ、こんどこそほんとに、めでたしめでたし。

見守る子どもたちのまなざしの、やさしかったこと。

 

 

そうそう。

わたしが鴨語に堪能なそのわけは、十年ほど前に鴨と暮らしていたためです。

大雨の日に、巣が壊れて水びたしになり、カラスにつつかれていたカルガモの卵を、息子が拾ってきてしまったから。

 

その卵から孵化した2羽のカルガモを放鳥するまでのひと夏を、ノンフィクションに書きました。『カモのきょうだい クリとゴマ』。

 

じぶんでいうのもナンですが、いい本です。

その写真を、ちょいとご紹介しましょう。

 

↓鴨のヒナは、卵から孵ったときに見た生き物を親と思って、ついて回ります。

 だからわたしは、カルガモのお母さんでした。

 仕事中のわたしの注意をひこうと、キーボードの上にきて私をみつめるクリちゃん。

 可愛さMAX♡

 

 

↓けれど野生に返すことを目標として、獣医さんの協力も仰ぎ、せっせと育てました。

 

 

↓自然のなかで生き抜く力をつけさせるべく、お勉強もいろいろさせました。

 カモのお母さんになるって、ほんとうに大変。どっと疲れた夏でした。

 でも教えてもらったことが多かったので、本にしたのです。

 

 

 

案外、あるものですよ、わたしたちのくらしのすぐ傍らにも。

眩しいほどの力強さをもつ野生が。

 

生き物のあたたかさも、つめたさも、糞も、血も、においも、人間とはちがう「ことば」で交わしあうコミュニケーションのことも、

とくに子どもたちには知っておいてほしい。

それはそのまま、きみたちが暮らす地球の豊かさだから。

 

(それにしても、カモにかまけて、仕事ほったらかしの1日でした。。あした、ガンバロ)

 

 

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