ハンカチともだち 初校で幽体離脱

 

ハンカチともだちの初校がでました。

 

初校というのは、初回の校正紙のこと。

このあと再校、たまに三校とつづきますが、校正紙はすべての内容が本番用の紙に本番用のインキで刷られているものです。

製本はされていないので、大きな紙を切って折って組み合わせてチェックをします。

(正しくは、編集者が切って折って組み合わせて、届けてくれます)

 

すでにもう何十回も、自宅のプリンターや、出版社のプリンターで刷られたものを見ているのに、やはり本番用の紙とインキとなると印象がちがいます。

 

ふしぎなもので、なにかがちょっと変わるだけで、より客観的に眺めることができるし、

今ならまだ小さな修正は可能なので、冷徹な目でみっちり検討しなければなりません。

さいごのさいごまで、気を抜かずに粘ることが、とてもとても大事。

 

 

とはいうものの…。

翻訳ではなく、100%オリジナルの本の場合。

このあたりから、わたしに困った変化が起こるのが常なのであります。

 

客観的になったじぶんが、とりかえしのつかない欠点に気づいてしまうのではないかという懸念。

正直にいえば、ふん、ツマラナイ…と思ってしまうのではないかという不安。

そういう怯えが、すきま風のように ひたひたと忍び入ってくるゆえでしょう。

本が完成にちかづくと、小心者のわたしの魂は、逃げだそうとします。

 

そう。幽体離脱みたいなかんじ。

内向きに黙々と文を書き絵を描いていたときのわたしから、魂が すぅ〜っと ぬけだしていき、抜け殻 (←校正紙)を空中から ぼんやり見おろしているようなきもちになるのです。

 

しかしながら、本はまだ完成していません。

編集者にとっては、いまがまさに正念場。

「漢字の統一はこれでいいですか?」「ルビのもれがありました!」「著者紹介はいかがでしょう?」「今さらですが、コレはアレでしょうか?」など頻繁に連絡がとどきます。

 

あ〜、よきに計らっといてくださ〜い…と言いたくなる投げやり感を押し入れにつっこみ、大人の分別と仕事人の意地を総動員して、幽体離脱しつつある魂のしっぽを両手でつかみ、ひきずりおろします。

 

なんだかなあ…。

長い時間をかけて紡いできたものが、ようやくかたちになるのだから、すなおに喜んでいればいいのにね。

つくづくトホホな貧乏性です。

 

 

ん。

でもたまには、ニヒニヒしてますよ。

枕に顔をうずめてね。

 

 

コメント