おおかみの おなかのなかって?

 

ぴっかぴっかの四月。

ぴかぴかでハイテクな新ビルにお引っ越しをした 徳間書店編集部で打ち合わせ。

革の手帳をひらいているのは、小島範子編集長(…の手)。

 

左下が原書絵本PDFのプリントアウト。原書はまだ届いていません。

表紙の動物たちのギョロ目にピンときた方もいるでしょうか。

そう、ジョン・クラッセンの絵です。

文を書いたのは 相棒のマック・バーネット。

 

わたしは二人のコンビによる絵本を二冊翻訳していますが、文と絵の呼吸がいつも絶妙。

掛け合い漫才みたい。

自分たちもクツクツ笑いながら世界中をくすぐって楽しんでいる いたずらっ子二人組ってかんじです。

 

原題は "THE WOLF THE DUCK & THE MOUSE"。

直訳すると『おおかみ あひる そして ねずみ』。

 

最初のページで、主人公のねずみが おおかみに出会います。

そしてなんと2ページめで、ぱくっと食べられてしまいます…。

そのあとは、おおかみの おなかの中で起きたことの物語。つまり、あひるも、おおかみのおなかの中にいたということ。

だから日本語版のタイトルは『おおかみの おなかの なかで』にしましょうよ〜と、わたしは小島さんに訴えております。

音としても、「お」と「か」と「なか」の重なりが楽しいかと。

 

 

打ち合わせでは、絵に貼り込んだ文章を、声にだしてゆっくりと読んでいきます。

かわりばんこに、何度でも。

ちょっとでも気になったことを ざっくばらんに ざくざく出しあうことが、とても大切。

些細なひっかかりから、大きな問題が炙りだされたり、名案がうかんだりするものです。

すると某所で、小島さんが呟きました。

 

「おおかみは、おなかがいたくなった、ってあるけど、正しくは、吐き気を感じたわけですよね。だって、ねずみと あひるが会ったのは、おおかみの胃でしょ、腸ではなく」

「えっ!?  この種の世界では、口の中は、ぜーんぶ おなかじゃないの?」

「えっ!? …まあねえ…そうねえ。赤ずきんちゃんの場合、おおかみの毛皮を切り裂くとすぐにおばあちゃんが出てきますもんね」

「そうよー。ピノキオなんて、くじらのおなかのなかで くじらの肋骨にランプをかけてなかったっけ?」

「……(目が泳ぐ)……」

 

今回の翻訳に、胃と腸の区別が反映されることはなさそうですが、すこぶる大雑把な内臓観を幼い読者たちに刷り込んでしまうことに若干のためらいと罪悪感をおぼえた私です…。

ま、神話的スケールってことで。(^_^;)

 

 

なにはともあれ。

古典的なような、シュールなような、とぼけた味わいがおかしくて、クヒヒヒヒと笑ってしまう絵本です。

笑えるって、いいなあ…。

 

 

 

 

 

 

 

プリンアラモード会議

 

プリンアラモードです。

プリンが埋もれちゃいましたけど。

まんなかに鎮座しているのは、卵と牛乳、きび砂糖とバニラだけの 素朴な焼きプリン。

われらの主人公、プリンちゃんのように。

 

3か月ぶりの おいしいプリン会議です。

 

たかおゆうこさんが作ってきたダミーを2時間みっちり検討したあとで、おやつタイム。

Y編集者と三人、それぞれ、じぶんのプリンアラモードを作成します。

 

じつは、三人とも、甘い物がそんなに得意ではありませぬ。

お砂糖ひかえめ、果物の酸味たっぷり、お茶は無糖のルイボスティーかブラック珈琲。傍らには塩煎餅を控えさせておく…というのが定番。

「あ〜おいしかった〜、そんなに甘くなくて〜」などと言いながら、おせんべポリポリして、甘いおかしの世界の構築を続けるわけでございます。

 

シリーズ五冊めとなる、プリンちゃん。

晩秋の恒例行事となったお菓子の祭典(違)の夜、プリンちゃんがお友達とでかけます。

プリンちゃんのお友達がでてくるのは、はじめてですね。

 

ちょっとした目線や、しぐさ、せりふから、プリンちゃんの性格がみえてきます。

ことばの少ない絵本なので、わたしの文と、たかおさんの絵の足し算と引き算がとても大切。うーむーと唸りながら、いきいきとしたプリンちゃんが表れてくることをめざします。

 

 

ところで。

写真の左上にみえているのは、地下鉄大江戸線の優先席の窓に貼られるポスター(シール?)です。4月から1年間ですって!

でも、このシールが貼られる電車は1本だけなので、強運の持ち主しか遭遇できないレア物のようです。

 

大江戸線のホームで、スマホを片手に優先席をのぞいては電車を見送る不審な人物がいたら、それはきっと、たかおさんか私でしょう…。

 

 

 

 

 

 

インキも翻訳 紙も翻訳

 

同じに見える三枚の絵。

じつは微妙にちがいます。

 

「ちっちゃい おおきい おんなのこ (LITTLE BIG GIRL)」は色出しで苦労しています。

(私ではなく、編集者とデザイナーと印刷所の方々が)。

 

この絵本。絵はかわいいけど、シャープな黒い線が印象的。

そして色を、あえてオレンジと青緑と黄色にしぼったストイックさがかっこいい!

 

…と思っていたら、ちっともストイックじゃなかったんですよ。

使っているインキが、けっこう贅沢なものだと判明しました。

むむう、やはり作者のクレアは、ディズニー帝国の血脈をつぐイラストレーターでありました。サラブレッドって目立たないところにお金をかけるのね…。

 

しかも、原書に使われている青白い紙が、日本では手に入りません。

いちばん青白いとされる紙でも、ほんのり黄色みを帯びているので、ますます色の出がちがってしまいます。

 

そう。

日本語版の紙は、日本の紙。

インキも日本のインキ。

素材の置き換えという意味では、英語と日本語のようなもの。

紙やインキも、日本仕様に「翻訳」するわけです。

 

なるべく原書に忠実にと、限られた予算のなかで、あれこれ隠し技を駆使して努力します。

(私ではなく、編集者とデザイナーと印刷所の方々が)。

 

するとそのうち、「おお、原書と違うけど、原書よりいい!」という域に達することも多く、日本の印刷技術はレベルが高いと感心します。

きょうも、ほっとしたところです。

 

もしかしたら、日本人には、このほうが響くという色合いが微妙にちがうのかもしれませんが、原著者に感激されることだってあります。

 

ん、なんかヘン?

だけど、絵本の色の「正解」って、なんでしょう。

印刷物は、基本的にシアン、マゼンタ、イエロー、ブラックの4色のインキで刷ります。

だから、どっちみち、原画の細かいニュアンスを100%再現することは不可能。

 

それどころか、高名かつ優秀な絵本作家には、印刷で出にくい色を、原画の段階でわざと派手に塗る方もいます。

原画をみると色のバランスが悪いのに、印刷されたものは、ぴたっと決まっているというわけ。まさに職人技…(私には到底むり)。

最近は、じぶんの絵の色をパソコンで操作してからデータで印刷所にわたす画家も多いです。

 

やっぱり絵本にとっては、読者の手にわたる印刷物がすべてということですよね。

 

すこしでも良い「正解」にむけて、きょうも努力がつづきます。

(私ではなく、石原編集者と水崎デザイナーと印刷所の方々の…)

 

がんばって〜ヽ(^0^)ノ

「いっしょにおいでよ」の初校

 

テロやヘイトスピーチのニュースは、日常的に流れています。

それをテレビで見て、心がかたまってしまった女の子を主人公にした絵本「いっしょにおいでよ」。

初校がでました。

 

印刷所で刷られた校正紙を切って折りたたんで本のかたちにして、文字内容はもちろん、色の出かたや、装丁について確認をします。

ここまでくると、本の完成形がはっきり見えてきます。

 

この写真では魅力が伝わりませんが、見返し紙の鈍い紫色がかっこいいんですよ〜。

混沌とした現代を扱った絵本にふさわしく、シャープだけれど、じんわりたちのぼる銀色の光が感じられるようなパールインキ。

そこに、ごく薄い藤色の小さな文字で刻まれた奥付。しびれます。

奥付なんて、ふつう読まないけど、ついまじまじ見つめちゃう。(←中嶋香織のデザイン力)

 

それから、帯。

本を買った人は、ぺろりとはがして捨てちゃうんでしょうが、作り手としては、この帯にかなり心血をそそいでおります。

(ま、いいんですよ。手に取ってお買い求めいただければ任務完了ですからね…涙目)

 

帯の言葉は、ほんわかした絵やタイトルとのバランスをみながら、強めで攻めました。

「テロや ヘイトスピーチに負けないために できることって なんだろう?」

 

幼い子どものために、こんな絵本を作らなければならないことに、悲しみと、つよい憤りを感じています。

そしてまた、とてつもなく複雑な国際的混乱に、この絵本が示すささやかなことが、はたして意味をもつのだろうかという虚しさも。

 

けれど、本の献辞には こうあります。

 

  友情と 勇気に

  そして  わたしたちは ちっぽけだけれど

  無力ではない ということに

 

幼い子どもむけの絵本だからこそ、できることはあるのかもしれません。

命の根っこに近い人たちに、かぎりなくシンプルで、たいせつなことを伝えたいと思います。

生きる喜びとともに。

 

 

この本についての前の記事は、こらちです。↓

http://chihiro-nn.jugem.jp/?eid=7

http://chihiro-nn.jugem.jp/?eid=19

 

28年目のやり直し

 

 

「ふしぎをのせたアリエル号」の原書"Amy's Eyes"がアメリカで電子書籍(+紙版も少し)として復刊されることになった件のつづきです。

 

私の挿絵が掲載されるべく進行中ですが、作業がはじまってみると、いろいろありまして…。

 

なんと、作者のケネディさんから28年ぶりにダメ出しがでました。

「子どもの家で、エイミイとキャプテンがすわったのは、ソファです。ベンチではありません」

「…はい。すみません。わたしの勘違いでした。ずっと気にしていました。描き直させてください」

…ということで、ソファだけを描いて、むかしのエイミイとキャプテンの絵にはめこむ。

ありがとう、フォトショップ。

 

「それから、オニババがアリエル号の船内で調理する絵は裸火に見えます。木造帆船にとって火災は致命的です。小型の鉄製ストウブにしてください」

「…はい。ごもっともです」

ありがとう、フォトショップ。

 

上記二点については、日本の読者のみなさま、ほんとうにごめんなさい。

ひとえに、わたしの過ちであります。

 

…と、しゅんとしている私に、ケネディさんは、しだいに調子をあげていく。

 

「できればほら、ニガウリ先生がキャプテンの手紙を焼いちゃうとこね、ブリキのくずかごの絵も、描き足してくれないかなあ」

「…え、まあ、いいですけど…」(どうせフォトショだしぃ)

 

…すると間髪入れずにまた、ケネディさんから追撃の長文メールが届く。

 

「ついでに、あの絵も描き足してくれる? ほら、ヒル先生がブリキのくずかごに水をかけてるところ。エイミイが図書室で背伸びをして地図帳をとってるとこもいいよね。パイプの絵はもっと上手に描けるでしょ〜。宝の地図が入った瓶の色は、もっと薄くしてね。キャプテンがステンドグラスをぶち破って脱出するシーンは、やっぱアクションだからほしいよね! それから酒場で黒ずくめの女と対峙するキャプテンの絵は必須ね…(以下つづく。前半だけで軽く20点を超える」

 

あ、あの、そ、それはいくらなんでも…。

ケネディさんの背後では、編集のピーター氏が「無理。ぜったい無理。〆切は来週ですから」とあわてている気配。

 

 

ということで、妥協点としてほんのちょっぴりだけ、絵を描き足している最中です。

28年前のじぶんの絵をまねするのって、かなりツライ。

ちっとも上達していないことがよくわかるから。とほほ。

 

でもケネディさんと「そういえば前も、酒場の乱闘シーンを描いてほしいっていいましたよね。わたし、よっぱらいのケンカには興味ないんで描きませ〜ん」というようなやりとりをしていると、28年分の時差がみるみる消えていきます。

アリエル号の時間は、ずっと変わらずに本の中にあるというのは、ほんとうみたい。

 

そうはいっても、リチャード・ケネディさん86歳。

わたしも老眼で、細い線がみえない。

本の外では、たしかに時間が流れました。

 

(ま、ケネディさんの、海賊船長キンハナみたいな得体のしれなさは健在のようですけれど)

 

 

 

 

 

ラルフ、あらためバロン

 

戌年絵本の 「ずっと」。

いよいよ入稿です。

 

写真は、見返しの紙をどれにしようかと選んでいる装丁家の水崎真奈美さん(…の手。顔の撮影は拒否されました)

場所は、水崎さんのオフィス。

南青山のデザイン事務所というのは、こうであってほしい♡と夢にえがくような素敵なところでした。

といってもゴージャス路線ではなく、こじんまりとセンスのよい手作り方向。

廃材利用と思われる古びた木の床や、白い陶器のセロテープカッター、トイレのタイル、果ては便座にまではしゃいだ私は写真をとりたくてたまりませんでしたが、かろうじて自制しました。はい。

 

ということで、素材感のある紙選びが魅力の水崎さん。

この本の紙についても

「ほんとは○○でいきたいんですけど」

「やはり値段がちょっと」

「う〜ん、じゃあ、□□でいきますか」

などと、浜本律子編集者と、限りある予算のなかでの攻防戦を繰り広げていました。

 

本の紙に注目する読者は多くはないでしょう。

それでも、ページをめくる指は感じているはずだし、紙の微妙な凹凸や光の反射ぐあいは、絵や文字の要素として読む者の無意識に働きかけます。

すべてが、無言のうちに絵本の時間を支えているのです。

 

本は、物体。

そして身近な美術工芸品だと実感する作業のひとつです。

 

ところで、しばらく前の記事で主人公の犬の名前をラルフに改名したとお伝えしましたが、諸事情により、バロンとあらためさせていただきます。すみません。

でも、バロンにしたら、また一段とよくなりましたよ。

バロンは男爵という意味ですが、たいせつな少女エリを寡黙に温かく守っている忠実さといい、ぴったり。欧米でも大型犬の名前によく使われているようです。

この子、もう今や、バロン以外の何者にもみえません。

 

そうですよね、水崎さん? と同意を求めたところ、水崎さんは、一瞬目をぱちくりしてから、どうにか頷いてくれました。

「…う、うん。毛がふさふさで長いしね」

 

アジア歴訪体験が豊富な水崎さんの頭にうかんでいたのは、インドネシアの聖獣バロンだったらしい。

↓(これです。バリ島へいくと、たいていバロンダンスで会えます)

 

ああ、翻訳ってむずかしい…。

 

 

アリエル号の加工貿易?

 

「ふしぎをのせたアリエル号」は私の最初の翻訳書です。

低学年から読める本でありながら、660ページ。

恍惚とするほど長い物語に私は夢中になりました。

 

ひとことでいえば、海洋冒険ファンタジー。

といっても時代的に木造帆船で、海賊と魔女もでてきます。

人形と人間の変身譚でもあります。

しかも重要な要素は、マザーグースと聖書。

…うーん、やっぱり、ひとことじゃ言えないわぁ。

古典的で、かわいくてユーモラスなのに、人生の苦みや涙の味がスパイシーな深みを添える一冊です。

 

最初の翻訳書がこれだったことには事情があるのですが、とりあえずその前に戯曲の翻訳をしていたことが幸いして、会話文の翻訳は、ほめてもらえました。

地の文には、まっ赤に添削が入りました…。

だって、戯曲って会話文しかないんだもん。

 

どうにかこうにか翻訳がしあがったころ、問題が起きました。

原書には挿絵がほとんどなく、原著者のリチャード・ケネディさんから「日本語版には挿絵を入れてね」とリクエストがあったので、期待の新人画家にお願いしてあったのですが、その方が体調不良で、まさかの降板…。

うろたえる私に、同じくうろたえていたはずの担当編集者米田佳代子がいいました。

 

「この本は設定が複雑なので、かわりの画家をみつけるのは、とても難しい。

現時点で、この本の資料がすべて集まっているのは、あなたの部屋。

この本のことを一番理解しているのは、あなた。

だから描くのよ、あなたが!」

 

米田佳代子をしっている方は驚かないでしょうが、彼女はこの種の突飛で強引な思いつきによって、多くの人々の人生を変えました (…たいていの場合、すばらしい方向に! )。

 

それからはもう、記憶がとんでいるほど大変でした。なにせ刊行が迫っていたので。

でも、描きましたよ〜、小さなカットも含めて百枚以上も。泣。

だって、リチャード・ケネディさんが、小さな絵をなるべくいっぱい描いてほしいって言うんですもの。

まだEメールの無い時代。

いきなり国際電話をかけてきて、ごきげんにいろいろ喋っていたケネディさん…。ふう。

 

 

それから三十年近い歳月が過ぎました。

ただいま「ふしぎをのせたアリエル号」の原書  'Amy’s Eyes' は、電子書籍として復刊されるべく本国アメリカでの作業が進められています。

 

その電子書籍を、ケネディさんは私のイラストを全点掲載するものとして契約をしてくれました。

今年で86歳になるケネディさんとは、メールでやりとりをしています。

 

そのむかし、日本語版のあとがきに彼が寄せてくれたメッセージは…

 

 「一生の親友というものは、なかなかみつかりませんが、本なら別です。

  エイミイやキャプテンのともだちは、みんな、わたしの友だちです」

 

そう、そのとおり。

空色ブックガイド

 

読売新聞の夕刊で、原田勝さんと交互に掲載してきた読書案内「空色ブックガイド」。

2月のテーマは「言葉は影」です。

活版印刷を軸に三冊をとりあげました。

 

活版印刷って、わかりますか?

小さなハンコのような金属棒を1文字ずつ並べて、インキをつけて、紙にむぎゅっと押しつけて刷る印刷方法です。

 

インキと紙は、現代のプリンターでも基本的には同じですが、カルチャーショック並に異なるのは、文字のハンコみたいなのを、ひとつひとつ、1文字ずつ (…くどい)、職人が手で選びとって、きっちり並べて文章にしていたということです。

気が遠くなるほどの手間、そして熟練を要したことでしょう。

 

金属ハンコですから、文庫本1頁ぶんの版だって、けっこうな重量感があります。

本一冊ぶんだと、どれほど嵩張り、いったい何圓砲覆襪里笋蕁帖

印刷が済んでも、増刷にそなえて活字を組んだまま保管しておいたそうです。

もう絶対に刷られることはないとなったら、「絶版」。

やっと活字をばらして、ほかの印刷物に用いるのだとか。

 

いやあ、こりゃ大変だ…。

絶版にしないでねって、よく気軽に言うけど印刷所の床が抜けちゃう。

本を出版することの「重み」を感じて身が引き締まります。

今の殆どの本は活版印刷ではありませんが、不特定多数に届ける言葉が本来そういう扱いのものであったということは、知っておいてよいことかもしれません。

 

ほしおさなえさんの「活版印刷三日月堂」(ポプラ文庫)は、古い印刷所を舞台に、いくつもの人生をうまく絡めた物語です。

とても読みやすいのに、ところどころ、こつんと硬くきらめく文章があって胸を突かれます。寒い季節にのむ蜂蜜入りジンジャーラテのように、じんわりと温まりますよ。

 

「三日月堂」で活版印刷に目覚めてしまった方は、美しい知識絵本「グーテンベルクのふしぎな機械」(あすなろ書房)で世界史的教養の裏付けをいたしましょう。

絵本なので読みやすいし、楽しいし、具体的によーくわかります。

中世のヨーロッパに出かけてロケをしてきたテレビ番組を見るみたいな感じ。(^_^)v

 

で、さいごのしあげにレミー・シャーリップの「雪がふっている」をどうぞ。

だってね。

上記二冊は、活版印刷ってすごいぞー、美しいぞーって盛りあげるばかりで本物の活版印刷の字が見られないんですもん。欲求不満ですよねえ。

ご安心ください。ちゃんと、こちらにご用意してありますので。

 

「雪がふっている」は、タラブックスの「夜の木」を出版したことで評価の高いタムラ堂の小さな絵本です。

白いふっくらとした紙に、端正な佇まいの文字が並びます。

 

  見てごらん

  目をこらして

  よーく 見てごらん

 

…ん?

どこにも、絵がありませんけど…!?

 

それがね、ふしぎなことに、だんだん見えてくるのですよ。

エスキモーの男の子が氷の家で食事をし、粉雪の舞う氷原で魚を釣っている風景が。

その絵は、読者の心のなかにだけ現れるものです。

活版印刷の文字に、ゆったりとした時間がふくまれているからなのでしょうか。

本って、いったいなんだろうと、原点に思いをはせる一冊です。

 

とまあ、そんなわけで、読売新聞の空色ブックガイド。

写真にあるのは、記者さんとの打ち合わせ段階でのゲラです。

「ああああああ」って、べつに私が絶叫しているわけではなく、見出しのアタリです。

新聞の見出しは、専門の記者さんが考えてくれるのですって。

 

私の顔写真の下の空白には、丹地陽子さんのイラストが入ります。

どんな絵がでてくるのか、たのしみ。

下の段は、読売ジュニアプレスの子どもたちの感想文です。

みんな、文章がうまくて、びっくり。

 

ということで、24日土曜日の読売新聞夕刊。

入手可能な方は、ぜひ。

 

 

 

モロッコのパンを食べたいな

 

今年の仕事始めとしてご紹介した"Come with me" のタイトルも決まりました。

「いっしょに おいでよ」(そのまんま、ですけど…)。

 

編集は、ほそえさちよさん。装丁と描き文字は、中嶋香織さん。

堂々の安定感で最終作業が進んでいて、4月には廣済堂あかつきから出版の予定です。

 

憎しみをぶつけあう世界のニュースに怯える女の子の絵から、この本は始まります。

その後も、かなしいほど張りつめた空気がつづくのですが、それがふっとゆるむのが、女の子とお母さんが買い物をするページです。

 

見てください、ケースに並ぶスイーツ各種!

これだけ見たら、テロやヘイトスピーチがテーマの絵本だなんて思いませんよね。

 

この大盤ぶるまいの小麦祭りは何事じゃ!? と思ったので、ブリュッセルに住む画家のパスカルにたずねてみました。

 

ほほお、ベルギーのパン屋さんって、ケーキも売っているんですって。

そこに彼が好きな異国や異文化のおいしいパンやケーキを描きこんだそうです。

 

イタリア、フランス、ニューヨーク、ユダヤ、モロッコ…。赤いぐにゃぐにゃ文字は、パスカルが画面に書いてくれた説明です。

 

とりわけお気に入りは、モロッコのパンとケーキ。

2016年ブリュッセルの連続爆破テロで人々が家にこもり、イスラム系住民との緊張が高まっていたときに、パスカルが、ふだんどおり、なじみのモロッコ食品店で買っていたもののようです。

 

そこで私も、モロッコのパンとは、いかなるものかを検索。

いやあ、まったくしらない奥深いパン文化がそこにありました!

あいにく日本では入手困難らしい。食べられないとなると、ますます食べたいモロッコパン。

いつの日か、モロッコの方に会う機会があれば、きっと私は期待に目をきらきらさせて見つめてしまうことでしょう。

 

話は飛びますが、東日本大震災の被災地、気仙沼から、ときどきおいしい魚や海藻を送ってくれる知人がいます。

恐縮する私に、その人はいいました。

「気仙沼ときいて、ああ被災地だなと思うのでなく、おいしいものと結びつけて笑顔になってほしいんです」と。

 

子どもたちに、よその土地や国、異文化のことを伝えるとき、心の片隅においておきたいと思いました。

 

 

 

 

 

日本限定ラルフ

 

戌年絵本 "Stay"のタイトルがきまりました。

「ずっと」。

 

えへっ、短いでしょう。

意味もさることながら、原題とおなじくらいの音の数できまると、ほっとします。

絵本は「呼吸」がたいせつなので。

副題は、ただいま協議中です。

 

ところで。

原書では女の子の名前がアストリッド。飼い犬(♂)の名前がエリ。

翻訳をしているあいだ、このふたつの名前がしっくりきませんでした。

だってほら、日本ではエリは女性の名前でしょう。この犬はこんなに大きくて、しかも、おじいさん。

いっぽうアストリッドといえば、長くつしたのピッピを書いたリンドグレーンのお名前。

北欧系のきれいな名前ですが、リンドグレーンをしらない幼い子どもにとっては、ずいぶん長くて難易度の高い名前です。

絵本の翻訳は文字スペースとの闘いなのに、やたらと場所とるし…。

 

もちろん、原書の主人公の名前はできる限り尊重しなくてはなりません。

名前の重厚感や読みにくさが作品の雰囲気づくりに必要なときだってあります。

作者が個人的な想いをこめた名前であることも多い。

また日本の子どもたちが異文化の名前にふれるチャンスを奪うことにもなりかねないので、なじみがないからといって、安易に現地の名前に置き換えるのもよろしくありません。

(わたしは逆の立場で、何度かされています)

 

でもねえ…。

とぐずぐず悩んで、おずおずと著者に相談をしてみました。

その結果あっさりと、女の子の名前はエリに、犬の名前はラルフに改名!

エリとラルフで訳文にはめこんでみたら、とってもすっきりしました。

 

ラルフ! よしよし、やっぱりきみはラルフだよねえ。

のどにひっかかってた小骨がとれたみたいな気分。

ああ、よかった。

 

(ちなみに、わたしは「ようちゃん」がカルロスに「かずのりくん」がホセになっちゃったスペイン語版『天使のかいかた』を時々ひらいて、にやにやしています。そんなに悪い気分じゃありません。(^o^)