おたすけ新刊用に おべんとう

 

小さなお弁当をつくりました。(このお弁当箱は、私が幼稚園のときに使っていた年代物です)

といっても、だれかのために早起きをしたわけではなく、お昼すぎからのらくらと。

 

いったい、なにゆえかといえば。

5月末に刊行予定の『おたすけこびとと おべんとう』にのせる著者近影撮影のため。

 

おたすけシリーズの著者プロフィール写真は、わたしたちの密かなお遊びです。

1冊目でコヨセさんとわたしがそれぞれ作った「ケーキ対決」の写真を載せて以来、なんとなく、ふつうの顔写真では物足りなくなってしまいました。そこで…

 

2冊目の『クリスマス』では、わたしがサンタ、コヨセさんが赤鼻のトナカイに。

3冊目の『まいごさがし』では、迷子の子猫探索にでかけるコビトたちに扮して雨具着用。

4冊目の『ハムスター』では、各自、取材のために飼育していたハムスターと。

5冊目の『あかいボタン』では、潜水艇で水中へ。

6冊目の『にちようび』では、モデルとなった亀のゴメちゃんとともに。

(扮装用の小道具は、すべてコヨセさんの手作りです)

 

 

毎回、コヨセさんの画業が峠をこえるころに、こんどはなににしようかと相談します。

そして、やっぱりお弁当だよね、となった次第。

 

わたしはのんびりお弁当を作って家人に撮影してもらったけれど、いまごろコヨセさんは、まだそれどころではなく、さいごの一枚の絵の仕上げをしているはずです。

がんばって〜。

 

 

……それにしても。

 

透きとおるような若葉の美しい季節。

その輝きとは裏腹に、みなさんの心には重苦しい不安がうずまいていることでしょう。

 

子どもたちがお弁当をもって戸外で遊び、おもいきり走り回って笑いさざめく日が早く戻ってきますように…。

子どもたちの笑顔が曇るかなしいことが、おこりませんように…。

祈りをこめて、晴れやかな絵本をお届けしたいとおもっています。

 

 

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マザーテレサの絵本

 

マザーテレサの伝記絵本を翻訳しています。

 

子どもが初めて読む伝記絵本として注目されているLittle People Big Dream シリーズ。

日本でも、いよいよ刊行がはじまることになりました。

 

このシリーズは、著者のイサベルさんが幼い姪たちに、みずから道を切りひらき、大きな夢をかたちにした女性たちのことを知ってほしいと思って始めたのだとか。

そのため、初期にとりあげられたのは女性ばかりでした。

しかしその後、男の子の読者がふえたので、男性の伝記も仲間入り。

2014年のココ・シャネルを皮切りに現在も続々と刊行がつづいています。

このなかから、日本の子どもたちに届けたいものを厳選して出版していくそうです。

 

 

低学年向きの文章 + いろんな画家によるポップでたのしい絵 + 巻末には中高学年を対象にした少しくわしい解説という構成です。

いや、それにしても、短く平易な文章で、人の生涯をまとめるって難しい…。

ゴッホやカンディンスキーのときもそうでしたが、資料をたくさん読んだうえで、むぅむぅと悩みます。(この作業が、じつはけっこう好き)

 

 

シリーズ編集担当の、ほそえさちよさんがアトリエに来てくれて打ち合わせ。

おやつは、おもたせの無花果ブランデーケーキと、わたしが作った酒粕ケーキです。

アルコール度がかなり高くなり、打ち合わせに熱が入りました。

いやいや、脱線することなく、まじめにやりましたよ〜。それもみっちり6時間…(^o^);

 

 

じつは。

わたしはマザーテレサに会ったことがあります。

しかも短い時間とはいえ、二人きりで…。

 

マザーテレサが初めて日本にやってきた1981年のことでした。

次回は、そのお話をいたしましょう。

 

 

おたすけ会議12

 

前回のおたすけ会議11から、二週間あまり。

いよいよゴールがみえる直線コースに入ってきました。

コヨセさんは お絵かき道具持参。

塗り忘れには編集部の隣で即対応です。

 

 

コヨセさんのパレットをごらんください。

渋いでしょう。

わたしのしっているプロの画家は、まずパレットを洗いませ〜ん。

洗うなんて、もったいない。

いままで選んできた色合いの集積ですから。

 

(ちなみに『プリンちゃん』の画家たかおさんのパレットはこちらで〜す)

たかおさんとずいぶん違うのは、絵の具チューブの扱いですね…笑。

 

 

今回は『おたすけこびとと おべんとう』。

子どもの遠足のお弁当を作るのは、おとうさんです。

ところが、せっかく作ったお弁当が忘れられていたので、おたすけこびとたちが かわりに届けに行きます。

おとうさんには仕事に遅れるなどの、のっぴきならない理由があるのでしょう。

 

最初の絵に文章はほとんどありませんが、そんな設定をすべて盛り込みました。

物語の情景をとことん話し合い、内容をつめていくにしたがって、文章をなるべくへらして絵に語らせるのが、おたすけチームの流儀です。

それこそが絵本の醍醐味だとおもうので。

だからどうか、絵を「読んで」くださいね。

 

 

それにしても、台所の絵がこなれていて、調理器具や食材に愛を感じます。

お弁当のメニューはもちろん、材料や手順が自然に浮かぶという コヨセさん。

「生活感があるね」と私が呟いたら、手を動かしながら「うん、台所生活が長いから…」と、さりげないおへんじ。

(そういえば、奥様が「このひとに先に逝かれたら、わたしが不便なんです」とおっしゃっていましたっけ…。(^o^)

ことさらにイクメンだの家事分担だのいわないところが、いっそう素敵です。

 

もちろん、重機の見せ場もたっぷりですよ〜。

 

さて、あと数週間で、のこる絵がすべて仕上がるでありましょうか…!?
はらはら、どきどき、がんばれー。

 

 

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おたすけ会議11・そして表紙デザイン

 

初夏に刊行予定の『おたすけこびとと おべんとう』

表紙のデザイン案がメールで送られてきました。

 

送られてきたのは3パターン。

あら〜、どれもいいわ〜 …って、そもそも、どこがちがうのだ?

 

おうちA4プリンターで印刷してミニ版を作り、ためつすがめつ比較して、デザイナー森枝氏の工夫と苦労を探ります。

ははぁん、ここにこの色をもってきたのは、こういう意味にちがいない。

この文字を縮小して著者名をここに配置した その心は? …などなど忖度いたします。

そのうえでまた要望をだすと編集部が取捨選択して森枝さんに伝え、よりよい結果へと導いてくれるのです。

 

 

さて。

表紙デザインが届くくらいだから、コヨセさんは、もう絵を描き終えて高いびきで昼寝をしているのかといえば、とんでもなくて……まだまだ、絶賛画業没頭中です。

20枚近く描く絵のなかから、完成したものを、すぐさまもぎとるようにしてスキャン作業にまわす、まるで追い剥ぎのような編集部。鬼だわ。

追い詰められるコヨセさんのプレッシャーはいかばかりか。

ガンバレー。 \(^o^)/ もちろん、私も鬼の一味。

 

↓これは過日、完成した原画数枚をもぎとられる現場写真。

 

 

完成した絵ではありますが、鬼のおたすけチームは、ほんの一瞬、わぁ〜♪と歓声をあげ、手を3回くらいパチパチしたあと、すぐに目をぐぐっと近づけて、その原画をにらみます。

じーーーーーーーーっ。

 

   ---(しばし沈黙)---

 

そして、

「ここ」

「あ、ここも」

「これもだよね」

 

塗り忘れを指摘するのです。

矢印のところが、それ。

苺やミニトマトのヘタとか、おかずカップのふちとか、楊枝のさきっぽとか…。

そりゃもう細かなことなんですけど。

 

 

無数にいるコビトたちも、きびしく検品されます。

こびとの手(直径1ミリ)や髪の毛、靴の裏、ヘルメットの内側などが注意箇所。

よってたかってコヨセさんをいじめてるみたいですが、これもツトメなんですのよ。

 

 

でももちろん、楽しいこともたっぷりあります。

ほら、このコビト。

 

 

おたすけ会議7で提案したダブルヘルメットのテントウムシを、ちゃんと描いてくれました!

かわいい…。

本が完成したら、探してみてくださいね。

 

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17世紀のアヒルからメッセージ

 

 

 

  「いかなる がちょうも 孤島ではない

   一羽にて 全きものとは なりえない

   すべての命は 大陸の かけらであり

   大いなる大地の ひとひらなのだ」

 

……

うーむ。

意味深長なような。

意味不明のような。

 

ヨーロッパで話題の絵本 "Little Island" の冒頭に記されています。

翻訳作業は、まずここで行き詰まりました。

作品の鍵となりそうだけど、よくわからん…。

 

ジョン・ダック氏が1624年に残した言葉だそうです。

みなさんはジョン・ダックを、ご存知ですか?

私はじぶんの教養の無さをかみしめながら、ネット検索しました。

どんぴしゃヒットはありません。

 

詩句のほうも、どんぴしゃヒットはないものの、似たような文言が絡んできます。

そしてなぜかしきりにヘミングウェイの名前が…。

そういえば、ヘミングウェイの小説『誰がために鐘は鳴る』の冒頭にも詩がありましたね。

 

    " No man is an island, entire of itself, 

            every man is a piece of the continent,

            a part of the main."

 

でも、この詩の作者はヘミングウェイではありません。

1572年生まれのイングランドの詩人ジョン・ダンによるもの。

牧師でもあったジョン・ダンが、戦火の絶えないヨーロッパを憂えて晩年に説教のために書いた詩といわれています。

 

…あら?

もしかして、ジョン・ダックって、ジョン・ダンのパロディ?

 

そのようです。

だから" No man is an island..."が " No duck is an island..."にかわっています。

なんたって、ガチョウとアヒルのお話ですからね。

なぁんだ〜。

 

それにしても、「いかなる人も 孤島ではない」という表現は、かっこいいけど「いかなるガチョウも 孤島ではない」は水にぷかぷか浮いているガチョウを想像しちゃって滑稽ですよね。そこがパロディってことかしらね。

 

 

献辞によれば、著者にこの作品のインスピレーションを与えて励ましつづけてくれたのは、アヒルのベンさんだそうです。

おそらく著者のスムリティさんも、アヒルなのでしょう。

 

いえいえ。

冗談ではなく、本気です。

それというのも、この絵本は、小さな水鳥の島にくらす アヒル vs ガチョウの物語だから。

 

小さな島の豊かさに惹かれて、対岸から 牛、馬、豚など、ほかの動物たちがやってきます。

そのことに危機感を募らせたガチョウは議会で演説をふるって多数派となり、橋を壊してしまうのです。

なにによらず、壊すのって、簡単らしいですよ。

(↓手前のアヒルは、手伝いながらも泣いています…)

 

 

けれども、すっきりといい気分だったのは、最初だけ。

いろんなところに不具合が生じてきます。

そのようすは、とてもユーモラス。

 

  

 

  

 

そして結局、橋を再建することになるのです。

こんどは一気にとはいきません。

すこしずつ、すこしずつ…。

信頼と絆をつくりあげるのには、時間がかかりますから。

まして、いちどこじれた仲なら、よけいにね。

 

 

くすくす、にやにや笑える愉快なおとぎばなしです。

とくに集団で仲違いをしたことのある幼い子には楽しんでもらえるでしょう。

 

でも前回もお伝えしたように、これはイギリスのEU離脱をテーマに作られた絵本なのです。

おなじく小さな島国であり、外国の人達が大勢やってくるようになった日本の私たちにも、いろんな読み方ができそうです。

 

たとえば、子どもといっしょにこの本を読んで「あなたは、アヒル? それとも、ガチョウ?」と問えば、「アヒルにきまってるよ。みんな仲良くしなくちゃ」と答えてくれるでしょう。

ほんとにそうだよね、ずっとそう思ってくれるといいなと深く頷いてしまいます。

でもじつは、ガチョウの気持ちも、わからなくもないのです。

 

風通しのよい、多様性を許容する社会になってほしい。

その願いは変わりません。そのための努力もつづけていくつもりです。

 

いっぽうで、固有の文化はどう変質していくのか。

コンビニとチェーン店ばかりが金太郎飴のようにつづく地方都市の風景のように、失うものがあるのではないか。

言語と教育はどう変化していくのか。

真剣に考えると不安があるのも事実です。

 

白か黒の二択にとびつくまえに、間に存在するグレイの階調を否定しないこと。

あるいは、異なる視点を想定したうえで選びとることが大切なように思います。

 

ふたたび、いいえ、何度でも問いましょう。

あなたは、そしてわたしはアヒル?  それとも、ガチョウ?

 

おたすけ会議 (8と9をとばして)10

 

わたしが報告をさぼっている間に、コヨセさんは遅々と、いえ粛々と絵を進めてくださり、

ほぼ月イチのおたすけ会議も10回目となりました。

ここまでくると構図も文章もほぼ確定し、絵をみせてもらうのがとても楽しみです。

 

今回のおたすけこびとの主役は「ふね」。

こびとたちの小さなフェリーが運行するのは、町の公園にある小さな池です。

 

まだ着色は完了していないのですが、あんまり綺麗な色なので公開しちゃいますね。

青い翳りのある色彩が、いかにも日本の池らしい。

さすがは水郷柳川で生まれ育ち、水辺の風景にこだわりのあるコヨセさんです。

 

 

いたずら者のカイツブリが、船をツン!

カイツブリは、鴨よりだいぶ小さな水鳥ですが、おたすけこびとたちにとっては鯨がぶつかったほどの衝撃でしょう。

 

一昨年、北海道の鮭のふるさと千歳水族館でじっくり水中から眺めたカイツブリが面白くて、登場させたくなりました。

 

コヨセさんも、絵を描くために井の頭公園の水生物館でカイツブリを観察したそうです。

 

 

水の中の世界が、夢をみるように描かれています。

少年時代のコヨセさんは、水の中の景色を眺めるのが大好きだったとか。

 

一同、うっとりとためいき。

 

…と、そのとき、ウエムラ編集者のたおやかな指先が、トントンと紙面をたたきました。

「このコビトが吹いてるの、トロンボーンですよね。かたちが微妙にちがいます」

 

 

ひょー。

そのむかし、オーケストラ部所属だったウエムラ編集者と、家族がたまにトロンボーンを吹くというTK編集者は、エア演奏を開始…。

突如、編集部に響き渡る金管アンサンブル。(嘘)

 

 

コヨセさんは、ぶつぶつ文句。

「そもそも、おたすけこびとのプロポーションでトロンボーンは無理なんだよ。腕がこんなに短いんだから」

でも即座にスマホで画像を検索し、それなりに修正。

細部まで徹底して妥協をゆるさぬ、おたすけこびとチームであります !

 

もちろん、船だけではなく、おなじみの重機の見せ場もたっぷりありますよ。

乞うご期待 !

 

 

 

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きょうりゅうたちの安全教育

 

元気でやんちゃな子どもたちを、リアルな恐竜として描く 「きょうりゅうたちシリーズ」。

 

7冊目の原題は "How Do Dinosaurs Stay Safe" です。

直訳すれば「いかにして、きょうりゅうたちは安全なままでいるのか」でありますが、

「きょうりゅうたちの おーっと あぶない」を日本語版の題名としました。

 

主人公は、上級者用恐竜図鑑でもお目にかからないほど珍しい十種類のきょうりゅうたち。

(いやもう7冊目ともなると、どれひとつとして、きいた覚えがありません…。。

 名称表記については、いつも西塔香絵編集者が専門家に確認してくれます)

 

 

そんな十頭が、さまざまな危険に遭遇します。

とはいえ、肉食獣に襲われるわけではありません。

階段からころげ落ちたり、ハサミをもってころびそうになったり、自転車のよそみ走行やら、道路を横断するときなど、日常のヒヤリ・ハットは際限なく起こります。

活発で好奇心旺盛な子どもたちだからこそ。

 

「どうして、そうなっちゃうのかなあ?」と、やんわりと問いかけ、対策へとみちびきます。

ええ、「きょうりゅうたちシリーズ」は、れっきとした、しつけ絵本ですから。

今回は、安全教本であります。

 

それにしても、幼い子どものまわりには、ほんとうに危険が多い。

ニュースになってしまった痛ましい事件をみるたびに、胸がつぶれそうになります。

 

ちゃんと気をつけるんだよ。

大人も、きみたちをしっかり守るから。

願いをこめて、さいごの言葉を翻訳しました。

 

 これで あんしん。

 もう だいじょうぶ。

 こわいことなんて

 ひとつも ないよ。

 

 のびのび たのしく あそぼうね。

 うちの かわいい きょうりゅうちゃん。

 

 

 

ガチョウの選択 アヒルの懸念

 

イギリスの新作絵本を翻訳しています。

原書のタイトルは "The Little Island" (「ちいさな しま」)

 

あるところに どうぶつ村が ありました。

羊、馬、牛、豚、ガチョウやアヒルたちが、それぞれ すきなところに家をたて、めいめい 得意な仕事を分担して暮らしていたのです。

たまには もめごとも起こりましたが、いろんな動物がいれば、それはまあ、あたりまえ。

みんなは、おおむね満足でした。

 

ところが、あるとき。

村のはずれの小さな島に住んでいるガチョウたちが文句を言いはじめます。

 

「ここは ぼくらの島なのに、どうして羊や豚が いつもうろちょろしてるんだい。

 やつらは 島のおいしい果物をもっていっちゃうし、やたらと態度がでかい。

 そのうちに、ぼくらが 島から追いだされちゃうんじゃないか」

 

ガチョウは大声でガアガア騒ぎます。

そして会議をひらいて、対岸の動物たちとの往来を断つことを採択。

あっというまに橋を壊してしまうのです。

おなじ水鳥とはいえ、アヒルたちは対岸の動物たちとの自由な往来を望んでいるのですが、多数決で敗れてしまいます。

議会制民主主義ですからね…。

 

 

はい、そうですとも。

冒頭の画像にあるとおり、これはイギリスのEU離脱=BREXITをテーマにした絵本です。

はたして、ガチョウとアヒルたちを待ちうける運命やいかに…。

ユーモラスで、諷刺がチクチクしている おとぎ話です。

 

そのむかし、私はイギリスのコメディ脚本を翻訳していましたが、時の政権や女王を揶揄した内容が多いことに驚きました。

日本ではとても考えられないと羨ましかったものです。

 

けれど私がこの絵本を翻訳するときめたのは、ジョンソン首相をからかいたいからではありません。

普遍的な問いかけをもつ物語だから。

幼稚園でも、学校でも、公園でも、マンションでも、会社でも、自治体でも。

舞台をどこに置き換えてもよさそうなお話。

 

そしてもちろん、日本は、まちがいなく「ちいさな しま」です。

「よそものたち」が私たちの島にやってきて、ともに働く現実は、すでに始まっています。

担当編集の鈴木真紀さんと、身近にあるさまざまな事例をあげて話し込んでしまいました。

 

さて。

わたしはガチョウなのか。アヒルなのか。

あなたは、いかがですか?

 

 

絵本と 不発弾ピアスと アフガニスタン

 

シャンティ国際ボランティア会のことを、わたしがはじめて知ったのは、たぶん、2004年のスマトラ沖地震のとき。

 

日本からもさまざまな団体が支援にかけつけ、阪神淡路大震災で培ったノウハウを応用してお手伝いをしていましたが、そのあと被災地にとどまって子どもたちに絵本を届ける「図書館活動」をした風変わりな団体として、ぼんやり印象にのこりました。

 

「シャンティ」なんて名前だから、若手僧侶の団体かもねと思いました。

じっさい、原点は曹洞宗の有志によるインドシナ難民救済活動だそうですが、40年近い歳月を経て、特定の宗教とはかかわりをもたない公益社団法人、国際協力NGOとして、めざましい活動実績をあげているようです。

特筆すべきは、絵本をとおして、アジアの子どもたちの教育支援を行っていること。

 

2011年の東日本大震災でも、いちはやく気仙沼事務所をたちあげ、「走れ東北! 移動図書館プロジェクト」とやらで図書館バスで走り回っているシャンティを、やはり気仙沼とご縁があって個人的に細々と支援をしていたわたしは、横目でちらちら見ていました。

 

そんなふうに、なんとなーく意識していたシャンティから、直接お声がかかったのが、去年のこと。

「せかいでいちばんつよい国」に山岳民族のカレン語とビルマ語のシールを貼って、難民キャンプに届ける企画がはじまったのです。

私は両手をあげて、はしゃいで参加。とても新鮮な体験でした。

 

 

そのご縁で「絵本を届ける運動」20周年記念に呼んでいただくことになり、シャンティの専門アドバイザーである鎌倉幸子さんと対談をしてきました。

 

イベント前半はシャンティの海外での活動報告です。

日本のボランティアたちが現地語のシールを貼った山のような絵本のコンテナが船に積まれ、トラックに積みかえられて道なき道をひた走り、泥にうまって難渋し、ようやく山奥の子どもたちの手に届くまでの写真の数々。

ポルポト政権によって学者も教師も図書館も本も抹殺されつくした祖国で教師になり、いま子どもたちに絵本を手渡している中年男性の穏やかな表情。

文字のよめない親に、絵本を音読してあげる子どもの誇らしげな顔。

カンボジア事務所で9年間をすごした鎌倉幸子さんが語る現地の子どもたちの本の読み方に感心したり、しんみりしたり。

私は完璧に聴衆になり、放心してしまいました…。ぼーっ。。。

まずい、言葉がでてこない…。。。

 

どうにか気を取り直して「せかいでいちばんつよい国」「メルリック まほうをなくしたまほうつかい」「いっしょにおいでよ」「ひみつのビクビク」についての話をしましたけど。

 

ちなみに、この日、わたしのピアスは、これ。

 

銀色の8面体を半分に切ったようなスタイリッシュな金属ピアス。

重そうにみえて、とても軽いので、お気に入り。

 

じつはこれ、もう何年も前に、シャンティの手工芸品の販売による支援活動クラフトエイドで買いました。

なんと、ラオスの地中に埋まっているベトナム戦争の不発弾を回収してピアスにしたもの。

 

ざんねんながら、いまは在庫がないそうです。(ほかにも素敵なのがありますよ)

私:「友だちにもプレゼントしたんですよ。もっと欲しいなあ。原料調達できませんか?」

鎌倉さん:「そうね、ビジネスにしようかしら」

…なんてキツいジョークのやりとり。

でもほんと。

不発弾も地雷も、みんなアクセサリーになってしまえばいいのに。

 

 

定員をはるかに上回るぎゅう詰めの会場は、熱気がすごくて師走だというのに冷房ON !

さいごは小グループにわかれて参加者どうしの話し合いも行われました。

新たなネットワークが結ばれているといいな。

 

ほそえさちよ編集者や、鈴木真紀編集者とも「世界の子どもたちの問題に関心をもって積極的に働いている人達があんなにいるんだねえ」と、興奮気味に話しました。

胸が ほかほか温まって帰宅。

うむ、世の中、捨てたもんじゃないぞ。

 

……

 

その直後に。

アフガニスタンで中村哲医師が殺害されたというニュースがとびこんできました。

 

現地の人達が自力で用水路を掘れるように、学び続けられるようにと、息長く、ひとの体温をつたえる本物の支援をつづけてこられた方なのに。

 

シャンティもまたアフガニスタンの子どもたちの教育支援をしています。

銃撃事件のあった場所のそばに事務所があるそうです。

 

絵本とか、子どもの笑顔とか。

かわいいもの、きれいなもの、夢や憧れ。

そういった、のんきで のほほんとしたもののために、わたしは日々腐心しています。

まったく、お気楽な稼業です。

なのにときどき、そんなことをしている場合か、それでもこの世界を信じられるのかと、刃を突きつけられるようなことが起きてしまいます。

のほほんをつづけていくことが、それだけで「闘い」になりうる。

そんな社会は、まっぴらなのに。

 

シャンティの若いスタッフは、中村哲さんの訃報をうけた夜に、「いっしょにおいでよ」を読み返したそうです。

 

日々の自由なくらしを手放さないこと。

よいもの、美しいものをたいせつにしていくこと。

それもテロへの意思表示だと、画家のパスカルは言っていました。

 

 

 

さいごに、シャンティからもらった冊子(2019年10月秋号)を。

 

支援地域にとどけた絵本の冊数が書いてあります。

その1冊1冊を、数十人、数百人の子どもたちが繰り返し繰り返し読むのだそうです。

 

 

アフガニスタンの水場につどう子どもたちの写真もありました。

子ども図書館に通う少女の、おだやかな日常のエピソードとともに。

 

 

 

 

紙の本は プチ・アート

 

「ハンカチともだち」の見本があがってきました。

ぼちぼち、全国の書店に並ぶとおもいます。

 

長い時間をかけて作ってきた本ができると、わたしは凹みます。

編集者には苦笑され、がっかりされる困った性癖です。

 

そんなわたしを救ってくれるのが、本の美しさ。

きれいな装丁の本だと、あまり凹まずにすむのです。

 

この「ハンカチともだち」も、そう。

布のような風合いの帯については、前にも自慢しました。

しかも、校正のときより一段と布っぽい。

山口郁子編集者が印刷立ち会い(←印刷機の横に長時間貼りついてニラミをきかすこと)でインクの盛りを調整してくれたおかげでしょう。

もちろん、印刷所の職人さんたちの熟練技があってこそ。

 

本を手にとると、帯の部分は、ざっくり木綿の肌ざわり。

いっぽう表紙カバーは、さらりとなめらかな絹のよう。

触感のちがいが新鮮です。

 

表紙をひらくと広がるのは、ほんわかピンクの見返し。

はい、ハンカチをイメージしています。

 

 

さらに見返しをひらくと、右側はただのピンク。

でもこれ、見返しと同色同濃度を指定して印刷しているんですよ。

さいしょは白い紙のままでしたが、なんとなく間が抜けていたため、デザイナー判断でこうなりました。正解です。

 

ピンクの面積を増やせば、めだってくるのが、ミントグリーン。

「ともだち」の言葉が、ぽんと浮きあがりました。

著者名も出版社名も、割愛。すんすんと、お話の世界に入っていってほしいので。

 

 

ピンクは、主人公 はるちゃんのテーマカラー。

だから、しばらくピンクが多い頁がつづきます。

 

そして9頁めに、副主人公のミヨンが さりげなく登場。

文章ではミヨンの名前をださず、ことさらに注意を促すこともしませんが、ミヨンの靴下はミントグリーンです。

 

ここをみて、わたしは、はっとしました。

予想していた以上に、ミヨンが印象的だったのです。

そう、紙面の左端にもミントグリーンがあるからですよね。

 

 

左端だけではありません。

本の表紙とカバーは、本文用紙より大きいため、天地にもこの色がのぞきます。

まるで額縁のように。

 

 

たまたまなのか、内なる必然ゆえか、副主人公ミヨンがでてくるのは左頁が多い。

そしてこの本の装丁は、左の表4(裏の表紙のこと)が きっぱりミントグリーン。

読む人のからだが揺れ、本が揺れ、目がうごくたびに、ミントグリーンの額縁が有効に作用するというしかけ。

 

う〜む。

才ある装丁家は直感的につかみとったのでしょうか。

本の内容をしっかりサポート&一段ひきあげていただきました。

 

 

こうして紙の本は、子どもが日常的に出会う ささやかな美術品になるのだとおもいます。

小さな「美」の ふだんづかい。

とても大切です。