気仙沼チヒローズ5

 

 

東日本大震災の2011年。

その秋に、石津ちひろ+なかがわちひろの「チヒローズ」(←命名は石津さん)、そして編集者 芳本律子+浜本律子の「リツコーズ」の4人で始めた自主企画気仙沼巡業の5回目を行ってきました。

 

今回の旅の仲間には、子どもむけの海の生物の本を多く手がける なかのひろみさん、編集者の山口郁子さん、画家のコヨセ・ジュンジさん、そしてアリス館社長の田辺直正さんもくわわってくださいました。

 

まず、私とはもう13年のおつきあいになる気仙沼市本吉図書館館長の吉田睦美さん、司書の三浦通江さんと恒例の記念撮影。(田辺社長は翌日からの参加ゆえ不在 (v_v)

おたすけこびとの図書館バス、おひさま号は、運転手の熊谷さんにかわいがられて、いまも新車みたいにピカピカ。

気仙沼南部の海辺や山間を走り回って本を届けています。

よしよし、おたすけこびとらしく元気に働いているねと、なでてあげるのも毎度のこと。

 

ずっと同じ地区を訪れているため、復興の歩みをしっかりと感じます。

2016年のチヒローズ4のころからは「被災地」と呼ぶことに違和感をおぼえるようになりました。

それよりも、なつかしい人たちに会い、とびきり可愛い子どもたちと楽しく濃密な時間をすごす喜びが勝るのです。

さまざまな難問が残っているとも聞きますが、前をみつめて進んできた人たちの努力の結実にちがいありません。

 

震災直後。

かわりはてた風景に呆然とするしかなかったとき、吉田睦美さんにいわれました。

「かならず復興してみせます。見守っていてください」

見守るといえば聞こえはいいけど、ようするに、なんら責任を伴わない、おきらくな部外者。

でも、その約束をまもるために気仙沼に通ってきました。

そしてそのたびに、はるかに切実で重い約束を胸にかかえて日々を重ねてきた人たちの笑顔に、わたし自身の何かを正しい位置になおされる思いがするのです。

 

 

海辺の高台にある小泉小学校には、ほとんど毎回訪れています。

木のぬくもりのある明るい校舎と、生徒数がとても少ないこともあってか先生と生徒の距離の近さが印象的な学校です。

今年は折よく「海に親しむ集い」の日と重なったので、見学させていただくことにしました。

なんたって、今回のゲスト講師 なかのひろみさんは、海の生物図鑑みたいなヒトですもん。

 

とはいえ、全国的にいきなり酷暑の炎天下…。

キラッキラにまぶしいガラスの破片のような陽ざし…。

軟弱なチヒローズ一座は、かわるがわるスマホの天気予報をみては最高気温におびえ、SPF50+の日焼け止めを塗りまくり、すっかり腰が引けていました。

グーグルマップでみたけど、まったく日陰ないよ。トイレ、どうするんだろ。高温注意報がでたら戸外での活動は中止だよねえ…などと呟きながら。

 

ところが浜辺についたとたん、あれまあ、なんて元気な子どもたち〜。

朝早くに海岸清掃をすませ、砂でクジラ、タコ、エイ、船をつくって歓声をあげているではありませんか。

 

そのあとは海に入って自由遊び。

泳いだり、もぐったり、潮だまりの生き物をさがしたり。

大きなアメフラシや、カレイまで捕獲! (拾得?)

 

その歓声と潮風と波の音にさそわれて、わたしもジャブジャブ海のなかへ。

ひゃあああ、きもちいいい〜。

子どもたちから蟹や、三陸ワカメ(カットでなくホール)をもらいました〜。

 

  

 

 

 

 

先生に「もう終わりでーす」と声をかけられたときには、ついうっかり口がとんがってしまったほど。

 

…コホン。

チヒローズ一座は、こんなふうに遊ぶことだけを目的にはるばる気仙沼へきたわけではありません。

午後は教室に移動して、もっと真剣に、本格的に、遊びます! (…あれ? σ(^◇^;)

 

(以下、つづく)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

101ぴきの奥さん問題

 

白地に黒の犬が101ぴきといえば、アニメ映画の『101匹わんちゃん』!

でなきゃ、ゴージャスな毛皮ファッションの実写映画『101 ワンオーワン』!

 

どちらもディズニーですね。

でも、このお話には、りっぱな原作があります。

私が翻訳をしているのは、その原作の絵本版。

 

1956年にイギリスの作家ドディ・スミスが発表した原作本は、子どもの読み物としては、けっこう分量がある本でした。

日本でも『ダルメシアン 100と1ぴきの犬の物語』(熊谷鉱司訳・文溪堂)として出版されています。

 

魅力は、なんといっても、犬がたくさん出てくること。

犬種ごとの性格もかきわけられているので、ドディ・スミスは、さぞ犬好きだったのだろうと調べてみたら、やっぱりダルメシアンを飼っていたようです。

 

しかも、愛犬の名前はポンゴ!

物語の主人公の雄犬です。

 

では、ポンゴの奥さんの名前は…?

 

「パーデタでしょ」といったあなたは、むかし懐かしいゴールド絵本の『101匹わんちゃん大行進』を読みましたね。

「パーディだよ」といったあなたは、実写映画『ワンオーワン』を見ましたね。

でも、苦笑いをしているあなたは、原作をお読みになったにちがいない。

 

それというのも原作では、パーディタは、ポンゴの奥さんではなく、たまたま同居することになった悲しい境遇の若い雌犬の名前なのです。

パーディタ(Perdita)という名は、ラテン語系の「失われた」という単語からきているとか。

 

ポンゴは、この哀れな若い雌に魅力を感じながらも妻に操をたてましたという微妙な描写もあって、くすっ。

紆余曲折のうえ、彼女もちゃんと「失われていた」ものを見いだしてハッピーエンドにたどりつくのですが、正直いって、この第二の女の存在はなにかとまぎらわしく、ディズニー映画では、ばっさり消されました。

 

そして私が翻訳している絵本版にも、登場しません。

となると、さて、ポンゴの奥さんの、ほんとうのお名前は?

 

原作の1ページめには「結婚と同時に『ミセス・ポンゴ』と名乗るようになったのですが、みんなは、ただミセスと呼んでいます」とあるだけ…。

つまり、名前がない!

女性よ輝け!と、時の政権が首に青筋たてて叫んでいる現代に、それってどーよ?

 

「誰それの奥さん」であることがステータスであった過去の価値観を、未来をになう子どもたちにわたすのは時代錯誤ではあるまいか。

半世紀以上前のディズニーでさえ、そりゃまずいと感じたから、第二の女から名前だけ奪ってその存在を抹消したんだろうに。(←独断と誇張)

 

いやまてよ。

平安時代の女性は「藤原道綱の母」「菅原孝標のむすめ」としか呼ばれず、それどころか、「桐壺」とか「藤壺」とか、おへやの名前ですまされたり、はなはだテキトーでした。

でも男性だって、職務内容で呼び名がころころかわっていたのだから、むしろ、それは日本の文化?

 

いやいや、世界的にみても、一生のうちに名前がかわるところは多い。

個人の名前にこだわるのは、大きな目でみれば現代だけなのかもしれぬ。

 

…などなど、思考はとりとめなく。

 

まあね。

結局のところ、原作のまんま「ミセス」を固有名詞にしちゃうでしょうが、その裏で悶々としていることを、ひそひそ書いておきますね。(^_^;)

 

 

おまけ。

昭和37年発行の、わたしの愛蔵本です。

ぱーでた。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Come with us !

  

 

ブックハウスカフェでの ほそえさちよさんとのトーク「子どもと社会をつなぐ絵本」。

 

月曜の雨の夜に集ってくださった方々、ありがとうございました。

あたたかな熱気のたちのぼる感度の良い聴衆を前に、テロやヘイトスピーチのニュースに怯えた女の子が「どうしたらいいの?」と両親にたずねる絵本『いっしょにおいでよ』を中心にお話をすることができました。

 

年齢の高い子ども向けの読み物では、社会的な問題についても国内外の作家たちが意欲的な作品を発表しています。

でも絵本、とくに幼い子ども向けの本では、とても少ない。

それなりの手法と配慮が必要なのです。

 

そのひとつ。

「ワンダー」の作者R.J.パラシオが ニューヨークタイムズの記事で書いていることは、とても素敵です。

  

  他者に共感する力を、子どもたちに教えることはできません。

  それは、かれらの魂の内にめざめるものです。

  わたしたちにできるのは促すことだけ。

  幼い子どもたちへのもっとも良い方法は、くすぐってあげることでしょう。

    それも、かろやかに。

 

厳しい状況に直面している方からみれば、甘っちょろすぎるかもしれません。

けれど、やわらかな小さな心に芽ぐむ、善いものへの憬れは世界をゆっくりと変えていくはずです。

すくなくとも、そう信じているから、子どもの本をつくっています。

どんな社会であっても。

 

 

写真は、私のもとに届いた新聞記事や、子どもの本専門店のお便りの一部。

じわじわと、いろんな方に届きつつあるようで、うれしいな。

 

手前のカラフルなカードは、トークに来てくださった方からいただきました。

カフェや映画の広告じゃありませんよ。

往年の名優を思わせる人物にかさねて、 "N0! HATE" 

なんとまあ、銀座でヘイトスピーチに反対する運動のカードですって。

おしゃれ〜!

 

そう、善いもの、美しいもの、かっこいいもの、おしゃれなもの、おいしいものを楽しみ、認めあって、ともに歩いていくほうが、醜い表情で憎しみをぶつけあうよりぜったい、いい。

 

いっしょにおいでよ!

 

「いっしょにおいでよ」についての これまでの記事は、こちらからツルツルと辿れます。

http://chihironn.com/menu/602915

 

プリン5 原画 とりあえず完成

 

秋のかぼちゃ祭に刊行予定の、プリンちゃんの5冊目。

ついに手描き原画が完成しました。

 

アトリエには、大きな黒ケースに原画一式をつめた たかおゆうこさんと、からっぽの大きな黒ケースをぶらさげた Y編集者が集合。

現金の授受ではなく原画の受け渡しです。(写真の奥にチラと見えるのがY編集者の黒ケース)

 

おもいのほか元気にあらわれた たかおさん。

さっそく原画をならべて、絵と文の流れを確認し、例によってチクチクと重箱の隅をつつくような打ち合わせを行いました。

 

そのあいだに、たかおさんがまとっていた修羅場の名残 (フーッと毛をさかだてて唸りそうな気の昂ぶり)が、じょじょに解放感+虚脱感にかわっていきました。

ときどきぷっつり集中がきれて、目がうつろ。眠そうに、あくび。

うんうん、一冊ぶんの絵を描き終えた直後って、そんなかんじだよね。

おつかれさま!

 

とはいえ、原画は印刷所に入ってスキャンされてくるだけ。

まだまだ、たかおさんの仕事がつづきます。

たかおさんは、みずから スキャン画像の編集をして、入稿データを作るのです〜。

現代の絵本作家はマルチでなければならぬので、たいへんじゃのう。

 

と、のんきに同情してたら、たかおさんが、魔女っぽい こわい声でいいました。

「ちひろさん。はやく『プリンちゃんの歌』の歌詞かいてね。歌詞の描き文字をかくのは私なんだから」

 

そ、そうでした…。

 

世間にはあまり知られていないことですが、プリンちゃん絵本の巻末には、楽譜がのっております。

一冊目のプリンちゃんが校正段階だったとき、編集者Yはもちろん猛烈に忙しく、画家たかおゆうこも表紙回りのデザインなどで忙しく、わたしだけがヒマだったので、さびしくなって歌をつくっちゃったのです。

そんなタイミングで「この歌の楽譜ものせてよ〜」と おねだりしたので、編集者Yには、おもいっきり厭な顔をされましたとも… f(^ー^;)

 

それでもやさしいYサンは、ちゃんと願いをかなえてくれて、以来、一冊ごとに歌詞だけかえて、控えめにのせています。

見てやってください。

わらって、歌ってやってください。→ ♪https://www.rironsha.com/プリンちゃんのうた

 

 

あ、申し遅れました。

本日の おかしは、マンゴープリン+紅茶のジュレでございます。

気温が高かったので、プリンちゃんカラーの涼しげなスイーツをご用意いたしました。

 

(…ほんとはね、かぼちゃと豆腐のヘルシー焼きドーナツを作るつもりだったのに、前の晩にオーブンが壊れちゃったのよ…(;。;)

 

 

プリン5 メイキング記事はこちらです 

http://chihiro-nn.jugem.jp/?eid=5

http://chihiro-nn.jugem.jp/?eid=27

http://chihiro-nn.jugem.jp/?day=20180411

http://chihiro-nn.jugem.jp/?eid=37

 

 

カレン語だぞ ビルマ語だぞ

 

『せかいでいちばんつよい国』は、わたしが2004年に翻訳した絵本です。

 

大きな国の人びとは、じぶんたちの暮らしほど素敵なものはないと信じていました。

だから世界中の人を幸せにするために、つぎつぎに戦争をしかけて、あらゆる国を征服していったのです。

ところが、さいごにたったひとつ残った小さな国に軍隊をさしむけてみれば、なんと、兵隊がひとりもいないではありませんか。

うーむ、これでは戦争ができません…。

 

作者のデビッド・マッキーは『ぞうのエルマー』で有名な絵本作家ですが、彼の本領は鋭い社会風刺にあります。

ブッシュ大統領の中東政策への抗議として、この本を書きました。

 

けれど、すぐれた絵本は普遍的なものです。

日本での初版から15年近くたち、あきらかに読まれ方がかわってきました。

当初、日本の読者は、どちらかといえば対岸の火事的な寓話として読んでいたはず。

でも今はじぶんたちの国が「大きな国」になるのか、「小さな国」でいるのかと切実に揺れているようなのです。

いろんなところで話題になり、順調に版を重ねています。

うれしいはずの重版ですが、担当編集者の鈴木真紀さんと複雑なためいきをついています。

 

 

この本が、シャンティ国際ボランティア会の「絵本を届ける運動」リストに加わりました。

参加費は一冊2,500円で、山岳民族のカレン語と、ビルマ語の2種類が用意されています。

わたしも一冊ずつ申し込んでみました。

 

絵本とシールが送られてきたので、シールを指示どおりに切って、裏紙をはがして、日本語テキストの上にぺったん。

貼るときは ちょっと緊張しますが、小一時間で一冊の「翻訳」作業完了。

カレン語もビルマ語も、ともに難民キャンプへの寄贈本となるそうです。

 

難民キャンプの子どもたちが、この本を読むのか…。

その子たちの顔を想像しながら、なんともいえない思いで、コケシのようなかたちの文字のシールを貼りました。

 

だけど、うん、おもしろい。

字が読めない人のきもちが、ちょっとわかって、なんか新鮮。

なにが書かれているか、ぜんぜん わからないんだもーん。

これって ほんとうに文字なの?ってレベル(*_*)

 

でも、日本のわたしにはずっとちんぷんかんぷんのままでも、ミャンマーの難民キャンプでこの一冊を手にとる子は、きっと、ここから世界をのぞく。

この先この字がもっとすらすら読めるようになって、いろんな本に手をのばし、世界中のいろんな人の考えに触れるはず。

そうあってほしい。

切実に。

 

シール貼りの作業は簡単なので、小学校中学年以上であればできそうです。

外国のことば、文化、文字、地理や歴史、社会問題など、いろんな分野に興味と関心がひろがるにちがいありません。

親子で夏休みの自由研究に、おすすめです。

 

ノロウェイの黒牛

 

スコットランドの昔話です。

『ノロウェイの黒牛』は、あまり有名なお話ではありませんが、むすめと黒牛のふしぎな恋の物語は、美女と野獣にも似て とてもドラマチック。

絵画的なシーンがいくつもあります。

 

これを本邦初の絵本にしようと企てた編集者は、鈴木加奈子さん。

挑戦者ですなあ。

世界のむかしばなし絵本シリーズ (BL出版)の一冊となります。

 

 

昔話は生き物です。

長い歳月をかけて口づてに語られ、時代や地域によって変化してきました。

語り手が、その場の気分で大袈裟に盛りあげたり、時の権力を揶揄したこともあったでしょう。

目の前の聴衆へのサービスは重要ですから。

 

そんなふうに野山で自由にくらす生き物のような昔話をだれかが採集し、文章で固定(=再話)したものを、現代のわたしたちは本で読んでいるわけです。

だから同じお話であっても、再話者によって、細部や雰囲気がずいぶん異なります。

 

『ノロウェイの黒牛』の再話も、じつにいろいろ。

主人公のむすめは、つましいくらしの庶民娘バージョンが主流ですが、高貴な姫君バージョンもあります。

悪役の魔女が、洗濯女や、ニワトリを飼うおばさんになっているお話もあります。

むすめが魔女(あるいは洗濯女、あるいはニワトリおばさん)とのかけひきに使う小道具も、さまざま。

それどころか、そもそも牛が黒牛ではなく、赤牛だという物語まで !

赤牛と黒牛のどっちが珍しかったのかが気になって、スコットランドの牧畜事情をしらべてしまったワタクシですが、まあ、牛の歴史はさておき…。

 

今回は、1847年生まれのイギリス女性作家フローラ・アニー・スティールの再話をえらびました。有名なジェイコブズの再話より、心理のひだに焦点をあてた文章で、ちょっと近代的な感じがします。

けれど、このスティール版をベースとしつつも、忠実な翻訳はしないことにきめました。

 

なぜなら、再話者モドキであるわたしにとって、サービスしたい聴衆は、絵本を読む子どもたちだから。

ちょびちょびいじって、絵本のテキストとしてふさわしい文章をめざします。

 

 

もっとも、わたしは一人で語るわけではありません。

絵かきの さとうゆうすけさんとの 共同作業です。

 

さとうさんにとっては、これが第一作めの絵本となります。

すでに根強いファンがいるようで、先日、都内で売られていた絵にはすぐに買い手がついていました。絵本デビューを待ちかねている方も多いことでしょう。

こっくりと深みのある色合い。

グリム的な翳りと奥行き。

そこに日本文化が誇る「カワイイ」風味もくわえた絵は、とても魅力的です。

 

昔話に詳しいさとうさんは、物語を深く理解したうえで、絵本ならではの新鮮な解釈をみせてくれるので、ときどき絵が送られてくるのが とてもたのしみ。

ゆっくり ゆっくり、むかしばなし絵本の世界が醸成されていきます。

 

とおい国からきた とおい時代の物語に、また新しい命を吹きこむことができますように。

 

アリエル号 Amy's Eyes にもどって 再び船出

 

「ふしぎをのせたアリエル号」の私の挿絵が入った 新版 “Amy’s Eyes” ができました。

 

電子書籍がメインのようですが、紙版も少し作ってくれたようです。

やっぱり紙の本はいいですね。

ペーパーバックなので厚みが42个ら25个法⊇鼎気167gが643gにと、大減量〜♪

 

作者のリチャード・ケネディさんから「チヒロ、もっと絵を描いて! ぼくの理想は日本の『マンガ』なのだ!」と怒涛の催促がつづいたので、理想には遠く及ばないものの、新しい絵を八枚くわえ、いくつか修正もしています。

 

しかし、挿絵があると、編集者の苦労が増すものです。

 

読者としては、この先どうなるのかドキドキしながら読んでいるときに、ネタバレ的挿絵が先に見えたらがっかりですよね。挿絵は、文とぴったり合っていなくちゃ。

でも、挿絵がひとつ入れば、そのぶん、文章が動きます。

それまでぴったりだった別の絵が、文と合わなくなっちゃったりするわけです。

 

さらに、左右ページの中央の「ノド」と呼ばれる部分に挿絵があると、ちょっと見えにくくていやですよね。(この現象を「ノドに喰われる」といいます)

それを避けるため、なるべくページの外寄りに絵を配置します。

右ページだったら右端に、左ページだったら左端に。

ちなみに英語では「ノド」のかわりに gutter と呼ぶんですって。溝とかドブのこと。

 

ところが、ノド(ドブ)を避けるべく、挿絵を右ページの右端にレイアウトしていても、なんらかの事情でページが1ページずれてしまうと、左ページのドブに転落。

はい、また、はじめからやり直し…。

 

挿絵の数がふえればふえるほど、編集者はムキ〜ッと髪をかきむしりながら、果てしなくトライ&エラーをくりかえすことになります。

だけどわたしは、挿絵がたくさんある本を書くのも、描くのも、読むのも好き〜! (^o^)

 

あきらかに嫌気がさしていると察せられる編集者をなだめ、ねぎらい、ほめて、見捨てられないようにするのも著者の仕事です。(←ほんとか?)

 

絶妙な場所に挿絵が入っている本を読んだら、陰の苦労を察してやってくださいませ。

 

ましてこの本は、そもそも、縦に流れる日本語の文章のために描いた絵なので、編集のピーター氏は、お気の毒でした。(しばしば 泣きが入っておりました)

ツッコミドコロは多々ありますが、ほんとうに よく頑張ってくださったと思います。

 

日本のアマゾンで、電子書籍も、ペーパーバックも手に入ります。

 

https://www.amazon.co.jp/Amys-Eyes-Richard-Kennedy/dp/1718741855/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1526883668&sr=8-1&keywords=Amy%27s+Eyes+ペーパーバック

 

本は本屋さんで買いたいものですが、これはアマゾンですねえ。 送料無料ですってよ…。

 

そして、ひとことでも、英語でも日本語でも、Amazonにコメントを書いていただければ、とくにピーター氏が泣いてよろこぶと思います。

 

 

いままでの経緯は、こちらからどうぞ。

http://chihiro-nn.jugem.jp/?eid=21

http://chihiro-nn.jugem.jp/?eid=24

 

かぼちゃプリン会議

 

プリン会議、佳境です。

 

たかおゆうこさんが絵の8割を描きおえて持ってきてくれました。

でも、これはまだ「原画の原画」です。

 

今回の本の背景は、秋の夜。

その雰囲気をだすために、一部を切り絵にして貼りこみ、それをスキャンをして、さらにデータを操作するのですって。

たかおさんが近作「チュウとチイの あおいやねの ひみつきち」や「くるみの なかには」で見せた独特な効果をあみだす手法です。

 

話にはきいていたものの、わたしも現場をみるのは はじめて。

編集者Yとわたしが、あーでもない、こーでもない、と意見をいうと、たかおさんは、

「じゃあ、こうしてみるか…」と水彩で繊細に描きこまれた小さな切り絵パーツをピリピリはがして、べつの場所にぺたぺた!

 

ひょえ〜〜っ。

たじろぎましたが、うむ、人形芝居の裏方っぽい。魔女っぽいぞ。

 

そういえば、たかおさんは 玩具メーカーのデザイナーだったんだよなあと思い出しました。

けっきょくは、ひとつのことを続けている人ですね。(^o^)

 

 

そして。

本日、ご用意した おやつは、かぼちゃプリンでございます。

絵本のテーマが秋のかぼちゃ祭りですからね。(違)

 

上にのっているのは苺ジャムではありませんよ。

近所で 大枝のまま もらってきた 野生のさくらんぼのジャム。

小さな実がプリンちゃんサイズですが、極小粒から種をとるのが たいへんでした。

 

いっぽう、かぼちゃプリンは超簡単!

めろんぱんママさんのレシピです。

頭脳と精力を使うハードな会議のおやつですから、牛乳の半量をカロリー豊富な生クリームにかえ、薬効に富むシナモンを加えました。たいへん好評でした。おほほほほ。

 

めろんぱんママさんは、絵本ナビ主催の「絵本ごはんコンテスト」の入賞者です。

たかおさんと私は、その完成度の高さと愛らしさに仰天しました。

だって、ほら〜。

 

 

めろんぱんママさんは、その後も、プリンちゃんのおかあさんや、モンブランばあば、おとうさんを作ってくださいました。

ブログ内検索、してみてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

まっしろな本

 

本日のお題は猫…。

ではなく、その下の 束見本(つかみほん)とよばれる白い本です。

 

創作絵本の企画がとおり、文章がきまると、判型の相談です。

絵本って、大きさも、縦横の比率もさまざまですよね。

棚にきれいにおさまらないから絵本はキライだと本屋さんにいわれたこともあります…(^_^;) 個人的にはヨクワカル。

 

でも、この大きさや縦横比はキャンバスの寸法なので、絵かきは束見本をにらんで、やる気がでてくるものを感覚的に選びます。

いっぽう編集者は、経験的に読者層がわかるらしい。原価計算もできるでしょう。

 

 

わたしはといえば、まっしろな束見本をみると、白いキャンバスを前に緊張しすぎて、吐きそうになった学生時代を思い出します。

描きたい欲求と、じぶんの力量との差に絶望したから。

 

いまは、そんなことありませんよ。余裕ですぅー。るんるん。

わたしに力量がついたから?

いやあ、むしろ、なにかを失ったからではという疑惑が濃厚ですなあ…。(^o^;)

 

でも表現とは、あいまいな可能性を切り捨てる行為でもあります。

 

この本の「タネ」も、あいまいなまま冷暗所にしまいこんで、たまに眺め、また しまいこむ…をくりかえして、もう十年以上。

このまま発芽率低下で干からびるだろうと思っていましたが、本にしようといってくれる人たちを得て、芽吹きはじめました。

 

とはいえ、おそるおそる陽の光にさらしたとたん、編集者にぷちぷちと余分なわき芽をかかれました。ためらいもなく、確信をもって…(;。;)

このさき、絵かきが わたしの予期せぬ色の花を咲かせることは必定であります……(; O ;)。

お、おう、のぞむところだぜぃ!

 

そうか。

無用な緊張をしなくなったのは、彼らがいるから。

編集者も、絵かきも、デザイナーも、とことん手強い、そしてそのぶん頼もしい仲間達です。

 

 

おおかみ、いってらっしゃい

 

わたしの願いが聞き入れられて、邦題タイトルは『おおかみの おなかの なかで』v(^o^)v

 

表紙のタイトル文字は、描き文字でも、活字でもなく、装丁家の森枝雄司さんがPC技術を駆使してゼロから作ってくれたものです。

すっきりとお洒落でありながら、のほほんとしてユーモラス。

このお話にぴったりです。

 

よーく見てください。

「おおかみ」の「お」の字。三画目が、おおかみの耳になっているんですよ。

2行目の「お」の字の三画目は、形がちがいます。これ、ねずみの耳だって…。(^_^;)

となれば、最後の「で」の濁点は…?

 

森枝さん、芸が細かすぎ!

いったい誰が気づくというのでしょう。

いや、いいんです。ほとんどの読者が気づかなかったとしても、われら作り手が本のお楽しみを求める貪欲さはとどまるところをしらないのだ! (雄々しく叫ぶ)

 

というわけで、本体の作業が完了しました。

デザインを含む日本語版のデータは、本日、原書の出版社にむけて旅立ちます。

ほかの国の言葉とともに地球のどこかのインターナショナルキャンプで印刷され、製本されたのちに、また日本に戻ってくるのです。(…そう、コープロなんですぅ〜(-_-)

 

いってらっしゃい、おおかみ。

忘れたころに、また会おうぜ。(…忘れないけどさ)

 

 

ところで、写真の右上にみえる献辞にご注目を。

文をかいたマック・バーネットは、この本をクリスチャン・ロビンソンに捧げています。

クリスチャン・ロビンソンというのは、ほら、あの絵本作家。→http://chihironn.com/menu/c515150

よい本を次々発表して、いま、ひっぱりだこのヒト。

 

いっぽう、マックと組んで数々の傑作を作ってきたジョン・クラッセンの献辞は一途に「マックへ」。…………………^_^;。

おいマック、いいのかそれで。

そんなとぼけた二人が作ったプロモーション動画も、なかなかです。

 

https://youtu.be/oArGk32ezz8

 

二人がいる場所は……そう、絵本とおなじく、おおかみの おなかの なか!

 

 マック 「おれ、ぜったい、あひる !  だってさ、ファルスタッフって、おれの理想」

                          (訳注: ファルスタッフは シェイクスピア作品に登場する 欲深で好色だけど機知にとみ、なぜか愛されキャラの大食漢)

 ジョン 「ぼくは…ねずみでしょ。いいよ、ねずみで。最後はおいしい役だし」

 

へへへ。やっぱり、すみからすみまで楽しんでつくっていますよね。