ちっちゃい おおきい おんなのこ 

 

きのうは、打ち合わせラッシュの1日でした。

紅茶屋さんでの打ち合わせが一件、電話での長い打ち合わせが三件。

わたしの基本生活は、ひとり机に貼りつき、猫のしっぽが話し相手なので、ごくたまにこんな日があるとうれしくて脳に過電流がながれます。夜は、ねむれなくなりました。

 

ということで、そのなかから一冊をご紹介します。

 

原題は "Litte Big Girl"。

ちいさな女の子にとって、海は おおきい。

空も おおきい。

街も お店も なにもかも とても おおきい。

 

でも、ちいさな女の子は、とっても元気。

ちいさなからだの すみずみまで みっちりと命がつまっています。

 

あるひ、女の子に弟がうまれます。

弟は 女の子よりも、もっとちいさい。つまり、女の子は おおきくなったのです!

 

弟妹がうまれたときの複雑なきもちをえがく絵本はいろいろありますが、この本の女の子は終始ポジティブ。

おおきい世界への期待に胸がいっぱいです。

 

子どもたちにとって、ほんとうに世界はそうあるべき。

世界に期待を持ち続けることは、ときには困難であるがゆえに、とても勇ましいこと。

ちいさな勇者たちが、美しくておもしろい物事をたくさん発見できますように。

 

 

甘くてかわいい絵と、シャープな色使いが印象的な作者のクレア・キーンは、まさにこんな二人を子育て中の若い女性。

ディズニーの伝説のアニメーターとして名高いグレン・キーン氏の愛娘です。

幼い頃から、パパが帰宅するのを待ちかねて絵を教えてもらったんですって。

そして成長した彼女に、伝説のアニメーターはアドバイスを求めるようになりました。ラプンツェルのアニメでは、クレアの描いた絵が重要な役割をはたしているそうですよ。

 

ディズニーの後継者のひとりですね。

 

 

 

 

 

 


 

たくさんのドア ふたたび

 

復刊された「たくさんのドア」です。

 

表紙のデザインがすこしかわりました。

カバーをはずして、表紙本体をさわってみてください。

旧版は万国共通のつるつるでしたが、新版はちょっと風合いのある紙。装丁家、水崎真奈美さんのこだわりです。

 

ことばは変えていません。

活版印刷のような味わいの文字を追いながら、翻訳したときのことを思い出しました。

原文は詩です。

詩の翻訳には独特の難しさがあるので、著者のアリスンにメールで多くの質問をし、知的で繊細、母性的だけど熱い勇士でもあるアリスンとのやりとりを楽しみました。

 

編集者の浜本律子さんとは、日本語にした文章を何度も声にだして読みました。

子どもを見守り、送り出す喜びと不安について、挫折について、はては宗教と自然についてまで、話は尽きませんでした。

 

多くの人がさしのべる手が重なっていくようにして、一冊の本が作られていきます。

読者の手にわたってからのことは、よくわからないものですが、まぎれもなく地味で控えめなこの本は、とても大切にしていただけたようです。

いったんは消えたのに、必要だからもどっておいでと呼びもどされたのですから。

それも読者からのたび重なるリクエストに、版元が動いたという…。

これからも手から手へ、さまざまな思いをのせて未来へとわたされていきますように。

 

いまは寒さの底ですが、春にむかって羽ばたこうとしている若い人たちに どうぞ読んであげてください。

 

  やわらかな のぞみに つばさを つけて

  あなたは はばたきはじめる

 

  あなたは まだ しらない

  じふんが どれほど つよいかを

 

 

 

復刊の経緯については、こちらをどうぞ。

http://chihiro-nn.jugem.jp/?eid=2

 

アンティーク家具のリペア職人

 

古い家具、とくに椅子がすきです。

重厚で高価なのじゃなくて、ちょっと前までふつうに使われていた椅子。

なかでも惹かれるのは、五十年から八十年くらい前にヨーロッパのカフェの店先で乱雑に重ねられ、がしがし使われていた曲げ木の椅子です。

かるくて扱いやすいんですよ。手仕事なので、作り手の個性があるし。

ひとりの時間に飽くと、曲げ木のカーブ、傷や凹みをさすって、ぼんやりしています。

 

で、はたと気づきました。

1930年から1960年代といえば、アメリカに絵本の黄金期をもたらした作家たちの時代ではないかと。

フランソワーズの「ありがとうのえほん」は1947年生まれなので、きっとこの子と同世代。

 

たくさん働いた古い椅子は、ひびが入ったり、割れたりして、しだいに実用に適さなくなります。焚きつけにされた椅子も多かったことでしょう。 でもなかには、数奇な運命をたどって、東洋の島国で畳の上に置かれる椅子もいました。(フェルト貼ってます (>_<)

 

うちにくるまえに、家具のリペア職人が分解し、ひびや割れを修復し、ねじをとりかえ、歳月の味をそこなわないように再塗装をしてくれたので、まだまだ働いてもらえます。

 

で、そこでまた、はたと気づきました。

初版から数十年の歳月ののちに、遠い国でふたたび出版されて新たな読者にとどく本たちにとって、わたしはリペア職人なのだと。 


すでに存命ではない作者の思いを推しはかり、時代の香りを保ちつつ、いまの子どもたちの「ふだん使い」に耐えるよう、ことばを組み立てなおし、紙を選び、色をさがす。

 

腕のよいリペア職人でありたいものです。

戌年だから

 

…というわけでもないのですが、犬の絵本の翻訳をしています。

原書のタイトルは "Stay"。

 

英語で犬にむかっていう "Stay!"  は、日本語だと「マテ!」。

その場にじっととどまって、うごいてはいけないよという命令です。

「オスワリ」や「フセ」などと同様、犬の訓練では必須項目。

 

でもこれは、犬の訓練の物語ではありません。

赤ちゃんのときから、犬と家族としてくらしていた女の子のお話です。

 

犬は人間の何倍もの速さで年をとります。

女の子がお誕生日をむかえるたびに、この「家族」は4倍か、5倍、いえ、大型犬なので、もっと速く年老いていきました。

そのことに気づいた女の子がしたことは…。

シンプルでかわいい絵本ですが、女の子のきもちの空回りが、ちょっと切ない複雑さを添えています。

 

 

わたしも犬たちと家族としてくらしていました。2匹の犬と二十年近くを。

犬飼い暮らしがおわってもう三年近くになりますが、じぶんの影をなくしたような痛みは、そのままです。

いつもいつも、傍らに寄り添っていた子たちなので。

でもその胸の痛みもふくめて、そのままでいいよと、思います。

そのまま、って、Stayのことですね。

 

さて、タイトルをなんと訳しましょうか…。

 

 

 

おたにちフランセ

 

おたすけこびとシリーズ最新刊「おたすけこびとのにちようび」の海外版1号は、フランスです。

さっそく確認用のPDFが送られてきました。

 

確認といわれても…。

 

この画面は、本の最後の見返しで、公園の掲示板に、さまざまなチラシが貼られている光景。

左上のうさぎのチラシは「こどものための おえかききょうしつ」ですが、へえ、フランスでは「おえかき」も「デッサン」になるのか〜。

下の青い鳥は「さがしています。ピイとなきます」。フランスの鳥は「Piou!」と鳴くのか、ほぉ〜。

「メダカのこども」は「さかなのベべ」になってるけど、フランスにメダカいないのかなあ。

これって、確認といえませんね…(^_^;)

 

フランス語だから、まだこれくらいはわかりますが、韓国語や、タイ語になると、もうお手上げ。

わたしが日本語に翻訳する本の著者たちもこんなふうに微妙に不安なのかな。

うん、だいじょぶだいじょぶ。みんな、たいせつに翻訳してくれているはず。

翻訳って、人間への信頼なのだとおもいます。

 

それにしても、コヨセさんの絵はふしぎ。

よその国の文字が似合って、なんだか日本語版よりお洒落にみえる気がするのはわたしだけ?

ご本人は、ラーメンと焼酎をこよなく愛す生粋の日本男子なんですけどね…。

 

フランス語版「おたすけこびとのにちようび」のタイトルは "La tortue a besoin de nous!" (カメは ぼくたちを ひつようとしている!)。

 

フランス語がわかるみなさん、もうじき、こちらのラインアップに加わるはずですので、どうぞよろしくシルブプレ!

https://www.amazon.fr/Chihiro-Nakagawa/e/B007982T2S/ref=dp_byline_cont_book_1

 

 

 

 

 

 

 

新しい年に

 

新しい年がはじまりました。

仕事始めは、この絵本の翻訳から。

 

女の子とおとうさんが帽子をひょいとあげて挨拶をしています。

こたえているのは、スカーフのようなものをかぶった女性。しりあいでしょうか。

それにしては、女の子の表情が硬い。

 

じつはここ、ニューヨークとおぼしき大都市の地下鉄のホームなのです。

スカーフのようなものは、ヒジャブといって、イスラムの女性のかぶり物。

まわりの人たちは冷ややかな視線を投げ、あるいは無関心な態度で通りすぎていきます。

 

勘のよい方は、ピンときたかしら。

ほんわかと柔らかいタッチの絵本ですが、主人公の女の子は、世界中で繰り広げられるヘイトスピーチやテロのニュースに心を痛めていました。

 

けれど女の子は、ただ怯えるだけではありません。

「どうしたらいいの?」と、両親にたずねます。

幼い子どもにそうたずねられたとき、大人は、なんと答えればよいのでしょう。

 

女の子のおとうさんとおかあさんも、自分を問い直しながら、小さな提案をします。

そしてやがて、女の子みずからも…。

 

 

文を書いたホリー・マギーと画家のパスカル・ルメートルは親しい友人だそうです。

ホリーは2001年にニューヨークテロを身近に体験し、ベルギー人であるパスカルは2016年に連続爆破テロをやはり身近で体験しました。

背筋が凍る恐怖を味わった二人が、世界中の子どもたちにむけて、この絵本をつくったのです。

だいじょうぶ、あなたにもできることがありますよ、と伝えるために。

原書のタイトルは "Come with me"。

 

いい本ですよ。

胸の奥に、小さなともしびを掲げるような。

…と、みなさんにも思っていただけるように仕上げるのが、わたしの初仕事となります。

 

平和な年になりますようにと願いをこめて。

冬の陽だまり

 

12月になってからじりじりと感じていた焦りは、晦日、大晦日ともなると、一瞬、時がとまるような清々しさに変わります。(諦め、あるいは、やけっぱちともいう…)

 

なにはともあれ、2017年は、私にしては、多くの本を読んだ年でした。

そしてあらためて、近年は良い本がたくさんでているなあと感じています。

売れないとか、出版不況とか、活字離れとか、紙の本の終焉とか、いろいろ言われるけれど、いえいえ、なかなかどうして。

二十代の若い方々から大先輩までをひっくるめて、文を書き、絵を描き、翻訳して、編集して、装丁して、印刷製本するすべての「同世代」の真摯な思いが伝わってくる本がいっぱい。

本を読むことは、その輪をまるくとじること。

 

みなさん、ありがとう。

 

この幸せにゆったりと浸れる平和が、来る年にも、けっして破れることがありませんように。

 

 

 

 

おいしいプリンちゃん会議

 

 

お茶会ではありません。

画家たかおゆうこ、編集者Yと三人で、れっきとした打ち合わせです (キリッ)。

「プリンちゃん」シリーズは、お菓子の国の物語なので、お菓子が集まるのは取材と研究のため (キッパリ)。

 

一冊めの「プリンちゃん」では、お菓子パーツ各種を持ち寄り、プリンアラモードの試作をくりかえしました。

二冊めの「プリンちゃんとおかあさん」は、おかあさんがアイスクリームのバニラさんなのでパフェの研究に勤しみ、三冊めの「モンブランばあば」では、有名店のモンブランを制覇したあげく、ばあばの家となるドーム型モンブランハウスを作り、四冊めの「ブラウニーとうさん」では高級ブラウニーと素朴な手作りブラウニーを食べくらべて、ブラウニーとうさんの内部にもナッツとレーズンを入れるか否かについて協議。

 

こうしてみると情熱の傾け方が半端じゃありませんが、おいしいお菓子を用意して画家のインスピレーションを刺激するのは、打ち合わせ場所の主である私の役目でもありますし。 

プリン会議の日程がきまるとまず、おやつを何にしようかと悩みます。

 

本日ご用意したのはシュトーレン。

もちろん、たかおさんもYさんも、それぞれ自慢のお菓子を持参。

といっても、次のプリンちゃんにシュトーレンさんが登場するわけではありません。

だからまあ、じょじょに当初の目的からずれて、お菓子パーティ化していることは…否めない…かも…だけど…。

(あ、でも、プリンちゃんのひいおじいちゃんを、シュトーレンじいさんにしてもいいかも!?)

 

なにはともあれ、みっちり5時間、絵本のダミーをくりかえし読みあいました。

ちょっとずつ、ちょっとずつ、プリンちゃんの新しい物語が見えてきます。

 

プリンちゃんシリーズのご紹介は、こちら↓

http://chihironn.com/menu/c505257

 

 

* ちなみに、ふつうの打ち合わせは、珈琲一杯で2-3時間が標準。

 プリンちゃん会議が始まると、本ができるまでに体重が2キロ増えると編集者がぼやいております。f(^ー^;

子どもの本の縦横問題

 

英語は横書きなので、本はすべて横組みです。

綴じ目が表紙の左側にあり、ページを左にめくっていきます。

絵本も、大人の分厚いペーパーバックも同じ。

 

ところが日本語には、横書きと縦書きがあります。

教科書も、理科の教科書と国語の教科書では、横組みと縦組みに分かれます。

国語の教科書のように文字が縦組みの本では、綴じ目が表紙の右側にあり、ページは右にめくっていきます。

絵本のほとんどは横組み左開きなのに、文字量が多い童話や読み物になると90度回転して縦組みの本が増え、右開きとなります。

大人の文学はほぼすべて縦組みですね。

 

なぜでしょう。

日本語は文字量が多くなると、縦組みのほうが読みやすいからではないかしら。

(…この記事は横組みですが…(^_^;))

 

そんなわけで、分水嶺とでもいうべき文字量が多い絵本の原書を前にして、翻訳者と編集者は悩むのであります。

オリジナルどおり横でいくべきか、それとも、あえて縦にしちゃうべきかと。

 

横組みのものとして作られた英語の絵本を、むりやり縦組みに直すと、いろいろ不都合が生じます。

ページをめくる方向がかわるのは、本としての「進行方向」が逆になることなので、絵を「逆版」といって左右反転しなければならなくなることが、いちばん辛い。最小限度にとどめますが。

大型絵本から、判型の小さい読み物にするために、絵が小さくなって迫力が減じてしまうこともあります。

ページ割とレイアウトをするときは、髪をかきむしって悩みます。

 

それでも、本によってはメリットが大きいと私は思います。

読み物の判型にすればページ数を増やせるので、ひとつの見開きにひとつのシーンだけを納めて、文字もゆったりと入れることができます。

それによって、子どもがお話の展開に集中できるのです。

英語の絵本の場合、大きな見開きの中に、変化するお話の絵が三つも四つも押し込まれて先の展開がネタバレしちゃうことがあります。

多くの場合、画家の意図というより、構造的、あるいは予算的な問題。

それが解消されるというわけです。

 

そして、物語を一人で読みはじめる子どもは、挿絵のない本が苦手です。

絵本より小さくなるとはいえ、挿絵としてはじゅうぶん大きな絵がどの見開きにも入っていれば、読書の手助けになるでしょう。

ゆっくりと文字を追い、絵をたのしみ、ページを少しずつめくって、1冊の「ちゃんと厚みのある本」を読み切る喜びは、とても大きいはず。

 

そんなわけで、この本は縦か横かを、編集者とともに毎回悩むのです。

物語初級者たちの本棚に、読みやすくて楽しい本を届けられることを願って。

 

 

 

 

ことりレストラン 営業再開


今年も、小鳥レストラン始めました。

朝晩に霜が降りて、常連客のヒヨドリとメジロが窓越しに横目で「まだですか〜?」とたずねるようになったので。 


メニューは薄い砂糖水(花見糖のね)か100%果汁のお湯割りと、その日の果物アラカルト。

出すのが遅れると、ヒヨに大声で叱られます。 

私が餌台を離れるや否や飛んできて、あわててUターンし、わざとらしい切羽詰まった感を演出するし。

この馴れ馴れしさは、絶対に前の冬のお客さんだと思うのだけど、かれこれこの繰り返しがもう10年以上続いているのです。

ヒヨドリの寿命って何年じゃ?

野鳥の命は短いはずなので、ひょっとして代替わりしつつ、小鳥レストランの利用法を伝承?